人生劇場 飛車角
やると思えばどこまでやるさ!男の魂が爆発するヤクザ路線第一弾!!
1963年 カラー シネマスコープ 95min 東映東京
監督 沢島忠 原作 尾崎士郎 脚色 直居欽哉 企画 岡田茂、亀田耕司、吉田達 撮影 藤井静
音楽 佐藤勝 美術 進藤誠吾 編集 田中修
出演 鶴田浩二、佐久間良子、月形龍之介、高倉健、梅宮辰夫、加藤嘉、村田英雄、曽根晴美、
久地明、沢彰謙、沖竜次、不忍郷子、北山達也、関山耕司、志摩栄
 本作は、初めて任侠映画という時代劇とも現代劇ともつかない男の世界を描いた作品である。当時、日活で公開された「花と龍」を観た岡田茂は、任侠映画というジャンルに新しい可能性を感じ、「人生劇場」の映画化を思い立ったという。壮大な大河ドラマとして尾崎士郎の手による全11巻という長編小説の一部「残侠篇」を映画化した本作は、その後の日本映画に多大な影響を与えたのは周知の事実。何度も尾崎士郎の元に通って、映画化の談判をした岡田茂の執念が実ったと言えよう。東宝から移籍して、作品に恵まれなかった鶴田浩二にとっても“着流しヤクザ”という最高の当たり役となった。更に悲劇のヒロインおとよを演じた佐久間良子は、本作が初めての汚れ役ということもあり、前半のクライマックスである飛車角との別れのシーンでは全てをワンカットの移動撮影を敢行。スクリーンに映し出された迫真の演技を観た岡田茂は、次回作である田坂具隆監督の“五番町夕霧楼”の主演に彼女を大抜擢するなど出演者にとっても大きな転機を迎える映画となったのだ。
しかし、戦前から何度も映画化され、任侠ドラマというよりも恋愛ドラマの要素が強かったため、オリジナルの内容を知っている者たち(当時の映画評論家)からの評価は必ずしも良いものではなかった。しかし、時代劇に飽きていた観客はスピーディーな展開と鶴田浩二の男気に、拍手喝采を送り、興行的には大成功を納める。その年、早々に2作の続編が作られ、いずれも大ヒットを記録…ここから10年以上に及ぶ任侠映画量産のプログラムピクチャー時代が到来するのである。

横浜の遊女おとよ(佐久間良子)と逃げのびて来た飛車角(鶴田浩二)をかくまう小金一家は、飛車角を追う文徳組と争いになった。一宿一飯の義理を持つ飛車角は、宮川健(高倉健)と熊吉と共に文徳一家に殴りこみをかける。文徳を刺した飛車角は、逃げ込んだ家にいた吉良常(月形龍之介)という老人に救われる。吉良常に促されて、警察に自首をした飛車角の帰りを待つおとよだったが、ある日、目の前で小金親分が殺される。失意の中で、街を彷徨うおとよを救った宮川。次第におとよに心を惹かれる宮川だったが、おとよが飛車角の女と知り驚愕する。時を同じくして、恩赦で出所した飛車角を吉良常が出迎え、おとよと宮川のことを告げる。吉良常と共に吉良港へ足を運ぶ飛車角だったが、そこへ詫びを入れに訪れた宮川とおとよを飛車角は許してやる。ある日、宮川が、小金親分を殺した仇を討ちに、単身殴り込みをかけて殺されてしまう。怒りに震えた飛車角は、おとよを振り切り、待ち構える奈良常一家の刃の中へ飛びこんでいく。

東映の波しぶきマークの後に「や〜ると思えば、どこま〜でやるさ〜」という村田英雄の名曲と共に表れる重厚なオープニングタイトルに思わず鳥肌が立つほど、風格に溢れている。人生劇場という原作を任侠映画の切り口だけを抜き取って映画化するという事は誰も思いつかなかった。実際、各社が映画化してきた題材なだけに戸惑った評論家も多かったように見受けられる。しかし、長い人間ドラマの丁度中間部分から始めるなんて、昭和30年代で「スターウォーズ」の先駆けとも言える事をやっていたと言っても良いのではないだろうか?まだ、戦後であった日本において、愛する女性と義理を量りにかけると義理が勝っていた時代なのだろう…かくして東映の社命を賭けた任侠映画という新しいジャンルは爆発的なヒットを記録する。
一宿一飯の恩義から喧嘩の助っ人に買って出たため五年間刑務所に服役する飛車角を演じた鶴田浩二はどこかに優しさや哀愁を漂わせながら修羅の道へと突き進む二面性を持っており、その風貌が広く受け入れられた。愛する男を見送りながら健気に帰りを待つ女性おとよを演じる佐久間良子は「五番町夕霧楼」でみせた演技力をここで発揮。警察に自首しようとする鶴田浩二を必死に止める姿は哀しく、そして凄まじい力強さを持っている。二人の男の狭間を揺れ動く女郎という難しい役を見事にこなしていた。この二人に加えて、飛車角を支え力になってやる老人―吉良常を演じる月形龍之介は文句のつけようが無いほど、これもまたハマリ役。優しい笑顔とその裏に潜む凄みのある表情に、“すげぇ役者だなぁ〜”と生意気にも唸ってしまった。
それまでの時代劇には無かったドスを使っての立ち廻りは、相手の懐に走りよって入り込むという接近戦なので、侍が刀で斬る姿に比べると、どうしても不格好に見えてしまう…はずなのだが、相手を刺した時に体が崩れる姿は、相手を殺してしまった罪の意識を表現しているような切なさを感じられる。それがまた、カッコ良く悪人を切り倒す時代劇とは異なり、現代的なリアリティーを感じさせ、多くの人々に共感を与えたのだろう。時代劇に新風を巻き起こした沢島忠監督だけに、こうした絵(構図と言った方が良いだろうか)を考え尽くしたのだろう。ラストシーン、総動員で飛車角を待ち構えている奈良平一家に単身ドスひとつで向かう鶴田浩二の後ろ姿を坂の下からローアングルで捉える藤井静による撮影が素晴らしい。果たして飛車角の運命はどうなるのか?という処で終わるのも実に渋く、このラストから日本全土を席巻する任侠映画がスタートしたのだった。
ベタな色調よりも色褪せた画質のおかげで時代の雰囲気と運命に翻弄される男女の悲劇を一層際立っていた。ある種、乾いた雰囲気はマカロニウエスタンを彷彿とさせる。
|