明治侠客伝 三代目襲名
血をとめろ、声をあげるな!ぐっとこらえろ男一匹俺は木屋辰一家の三代目!
1965年 カラー シネマスコープ 90min 東映京都
企画 俊藤浩滋、橋本慶一 監督 加藤泰 助監督 鳥居元宏、清水彰、志村正浩、皆川隆之
脚本 村尾昭、鈴木則文 原案 紙屋五平 撮影 わし尾元也 音楽 菊池俊輔 美術 井川徳道
録音 野津裕男 照明 北口光三郎 編集 河合勝巳 スチール 深野隆 擬闘 上野隆三
出演 鶴田浩二、藤純子、嵐寛寿郎、藤山寛美、津川雅彦、安部徹、大木実、丹波哲郎、山城新伍、
曾根晴美、山本麟一、遠藤辰雄、中村芳子、水上竜子、毛利菊枝

紙屋五平の原案を村尾昭と鈴木則文が共同でシナリオ化したものを「幕末残酷物語」の加藤泰が監督。18日という短期間で撮影を敢行し、単なる男たちのドラマという型式を打ち破り、男と女の悲恋―特に、これまで単なる脇役でしかなかったヤクザ映画における女性―をしっかりと描く事で、奥深い人間ドラマが誕生…任侠映画の名作として高い評価を得ている。撮影時に主演の鶴田浩二と加藤泰が演出の進め方で口論となり撮影が中断したという有名な逸話がある。何度やっても「違いますなぁ」という一言で始めから繰り返される連続に業を煮やした鶴田が「監督は演出つけていくらだ。なんでもやるから演出をつけてみろ」と啖呵を切ったのが事の発端。この二人の確執は撮影終了時まで続いたというが、いざ公開されるや否や、大ヒットを記録するのだから映画の奥深さを感じる作品である。B班の監督には加藤監督から絶対の信頼を得ている倉田準二が務め、藤山寛美が殺されるシーンや冒頭の祭りのシーンなど数々の名場面を作り上げた。時には迫力に満ち、時には叙情溢れる映像を生み出したのは「大勝負」のカメラマンわし尾元也。鶴田浩二と藤純子が互いの気持ちに気付く土手のシーンでスタジオ内に見事な河原のセットを作ったのは、美術監督の井川徳道。狭いスタジオで遠近感を出すために縮尺を変えて組んだセットは、あまりにも美しく幻想的なムードを醸し出していた。

喧嘩祭りに賑わう大阪の町角で、木屋辰一家の二代目江本福一(嵐寛寿郎)が無宿者に刺された。浄水場工事を請負う野村組の現場に資材を送りこむ木屋辰への、星野建材の星野軍次郎のいやがらせであった。星野の配下唐沢組を使っての指金であることはわかっていながら、確証が掴めず、木屋辰の一人息子春夫(津川雅彦)は、不貞くされて家を飛び出した。木屋辰の乾分菊池浅次郎(鶴田浩二)は、春夫の身を案じてお茶屋松乃屋を訪ねた。そこで出会った松乃屋の娼妓初栄(藤純子)が、お客のため親の死に目にも会えないのを知った浅次郎は、初栄を親元に帰してやるのだった。二代目は床に伏し、春夫不在の木屋辰組は、浅次郎の采配で仕事を続けた。だが唐沢組は陰湿ないやがらせを重ね、浅次郎らの足をひくのだった。資材不足で工事の遅れを詑びる浅次郎に、野村組社長野村勇太郎(丹波哲郎)は、快よく励ましを送った。ある日初栄が親の死に目に会えた礼をのべるため浅次郎を訪れた。だが初栄は松乃屋で唐沢から制裁を受け、浅次郎は唐沢と対決する破目となった。木屋辰一家の客人石井仙吉(藤山寛美)の機知で浅次郎は救われたが、その時、二代目は息をひきとっていた。二代目の遺言で跡目に浅次郎があげられたが、これを不満とする春夫は家を飛び出そうとした。業を煮やした浅次郎は三代目を継いで、その代わり堅気の建材店を春夫に継いで欲しいと頼んだ。数日後、浅次郎の襲名披露が行われた夜、初栄は唐沢に身請けされていた。三代目の初仕事に、星野は横槍を入れたが、野村の献身的な努力で江本建材は軌道に乗った。春夫の手紙に喜ぶ浅次郎のもとに大阪のひさから、春夫、仙吉の二人が星野、唐沢に刺殺されたと知らせて来た。怒り心頭に達した浅次郎は短刀を握りしめ、星野建材にのりこむと、星野と唐沢を倒し、浅次郎は駆けつけた巡査に両手を差し出した。

冒頭、威勢の良い上半身裸の男たちが神輿を担いでいる勇猛な姿を真俯瞰から捉えるカメラ。ローアングルがお得意の加藤泰監督の作品らしからぬ始まりに驚いているのもつかの間…熱気を帯びた男たちの壮観な姿が画面いっぱいに映し出される迫力に飲み込まれてしまう。これが全てスタジオ撮影で、バックの背景もあえてブルーのホリゾントのみにした加藤監督のこだわりが幻想的なムードを醸し出す事に成功している。そんな冒頭に圧倒されつつ本編が始まるといきなり怪優、汐路章のアップ。夜店で売っているおもちゃの笛を吹きながら表情ひとつ変えずに、祭りを見学している嵐寛寿郎の背後に近づく…祭りの騒音に声が掻き消されているものの、嵐寛の表情が苦痛に歪んだところで、刺されたのが理解出来る。凄いのは汐路が全くの無表情で通している事だ。オーバーな演技は全て排除する事で凄みが増す…この10分足らずの冒頭だけで、間違いなく本作が名作である事が予想出来る。加藤監督が、脚本作りの段階からヤクザ映画にありがちな男本位の闘争劇にするのではなく、従来描かれていなかった男と女の恋の葛藤を主軸に、ヤクザ社会の運命に翻弄されて行く悲恋をテーマにしている。それだけに長い長い殴り込みのシーンはあっさりと終わらせて、その分結ばれる事のない鶴田浩二演じる浅次郎と藤純子演じる娼妓初栄が互いの心境を語り合う逢い引きのシーンに力を注いでいる。
ともすれば複雑になってしまうであろう、敵対する組との抗争と浅次郎の親分への忠義、そして男と女の恋愛ドラマ…という3つのシークエンスを美しく束ねた加藤監督は、さすが名人!としか言いようがない。それでいて、きっちりと見せ場を作り上げ…その役割に大きな貢献をしたB班監督の倉田準二の存在も忘れてはならない。倉田B班監督が手掛けた藤山寛美演じる客人仙吉が先代の一人息子春夫を逃がすために殺されてしまうシーンは加藤監督のそれと大して変わらず、どちらが撮影したのか言われなければ分からない程だ。加藤監督が一番こだわったであろう、初栄が浅次郎の機転によって父親の臨終に立ち会えた事のお礼を言う土手のシーン…。夕焼け空を背景にした井川徳道の手によるセットは美しく、ロケでは出せない色彩の美しさが効果的な場面として任侠映画史上屈指の名シーンとなった。三代目を継承する事となった浅次郎は、初栄に対する気持ちを押し殺し、任侠の世界へ身を投じる覚悟をするのだが、二人が決別するシーンでも、土手のセットが効果的に使われている。こうしたドラマがあってこそ、タイトルともなっている三代目襲名式のシーンは華やかでありながら、その影に涙を流す女性がいる事を痛切に訴えかけてくる。今までの任侠映画にあるような派手な立ち廻りが無いにも関わらず、本作が大ヒットしたのは、人間をしっかりと描き切っているからであろう。
優しい目をした鶴田浩二が次の瞬間、眼光鋭く睨みつける表情をアップで捉えるシーンがある。この時の鶴田浩二を見て、当時の観客が惚れた事が良く分かる。ラストの殴り込みも逃げる安部徹だけを見据えて追いかける鶴田浩二の凄まじさに圧倒されっぱなしだ。
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