最初の晩餐
父の遺言は、目玉焼きでした。

2019年 カラー ビスタサイズ 127min KADOKAWA配給
監督、脚本、編集 常盤司郎 企画、プロデューサー 杉山麻衣 プロデューサー 森谷雄、鈴木剛
共同企画 中川美音子 撮影 山本英夫 照明 小野晃 美術 清水剛 装飾 澤下和好 録音 小宮元
出演 染谷将太、戸田恵梨香、窪塚洋介、斉藤由貴、永瀬正敏
森七菜、楽駆、牧純矢、外川燎、池田成志、菅原大吉、カトウシンスケ、玄理、山本浩二

2019年11月1日(金)新宿ピカデリーほか全国ロードショー

(C)2019「最初の晩餐」製作委員会


 構想7年をかけた渾身の脚本を手掛けるのは、本作で長編デビューを果たした常盤司郎監督。短編映画では既に国際的な評価を受け、サザンオールスターズのドキュメンタリー映画をはじめ、コマーシャル、ミュージックビデオ等の様々な分野で高く評価される常盤監督のオリジナル脚本に多くの俳優陣とスタッフが集結した。主人公・麟太郎には“ヒミズ”でヴェネチア国際映画祭マルチェロ・マストロヤンニ賞を受賞した実力派俳優の染谷将太。その姉・美也子にはNHK連続テレビ小説“スカーレット”のヒロイン役も記憶に新しい戸田恵梨香。そして兄シュンを窪塚洋介、母アキコを斉藤由貴、父日登志を永瀬正敏が演じるなど日本映画界を代表する名優たちが圧倒的な存在感を見せる。更にアニメ“天気の子”のヒロインの声に抜擢された森七菜と“地獄少女”の楽駆も瑞々しい演技を披露する。撮影監督には“HANA-BI”のベテラン山本英夫がバックアップしている。


※物語の結末にふれている部分がございますので予めご了承下さい。
 父・日登志(永瀬正敏)が亡くなり、久しぶりに故郷へ戻ってきたカメラマンの東麟太郎(染谷将太)は、姉の美也子(戸田恵梨香)とともに葬儀の準備を進めていた。ところが、通夜ぶるまいの弁当を母・アキコ(斉藤由貴)は勝手にキャンセルして、自分で料理を作ると言い出した。それが父の遺言という母の言葉に戸惑う家族と親戚たちだったが、やがて最初の料理が運ばれてきた時、麟太郎はそれが父が初めて作ってくれた料理だった事を思い出した。
登山家だった日登志とアキコは再婚同士で、7歳の麟太郎(外川燎)と11歳の美也子(森七菜)は、 新しく家族となったアキコと17歳の息子シュン(楽駆)の出現にギクシャクしながらも、気持ちを少しずつ手繰り寄せて、新しい暮らしをはじめていた。 通夜の席で、次々と出される母の手料理を食べるたび、家族として暮らした5年間の思い出が麟太郎たちの脳裏によみがえる。それは、はじめて家族として食卓を囲んだ記憶だった。通夜ぶるまいも終盤に差しかかった時、15年前に理由も言わず家を出て行った兄のシュン(窪塚洋介)が帰ってきた。あの日から止まっていた家族の時が、父の死をきっかけにがゆっくりと動き出した。


 観終わってしばらく続くザワザワした感覚。常盤司郎監督のオリジナル脚本にして待望の長編デビュー作『最初の晩餐』は忘れかけていた感情を刺激する。それは、家族の中で踏み込んではいけない領域に思わず足を踏み入れてしまった幼少期の感覚と同じものだった。どこか自分の中で誤摩化して均衡を保とうとする。その罪悪感に似た感覚がザワザワだったのかも知れない。家族というのは理不尽な事だろうが何だろうが、いくつもの妥協や誤摩化しを繰り返して死を迎える。わだかまりを胸に秘めて「無」に返る…これが日本人の美徳でもあった。私が常盤司郎という男と出逢ったショートフィルム“クレイフィッシュ”を観終わった後の心のザワつきも同じだった。そこでは父親の死をサラリと描きながらインサートされる田舎の風景や駅の映像に父親への思いを馳せる。そして本作『最初の晩餐』で、染谷将太が演じた主人公に“クレイフィッシュ”の主人公が重なった。
 父の通夜の夜…姉弟は母親の不審な行動に戸惑う。仕出し屋から今夜の通夜ぶるまいがキャンセルされていたと知らされて、ワケが分からず逆上する長女。そこに台所からエプロン姿でひょっこり現れた母が言う。「あ、それ私がお断りしたの」。そんな母と長女との間にはわだかまりがある。突然、新しい家族として家の中に現れた女性と歳上の男の子を多感な少女は素直に迎え入れられるわけがない。後年になって母の優しさに気づいたとしても心のどこかにあるシコリは消えていない。中盤で母の優しさに触れ二人の距離が近づくかのように見えても、受け入れたい思いと反撥するアンビバレントな思いが綯い交ぜになる。こういう時の戸田恵梨香の演技は実にイイ。そして彼女の子供時代を演じた森七菜。新しくやって来た二人に対する思いを家族という器の中で必死に抗う娘の姿が可笑しくもあり身につまされる。ある日、朝食の味噌汁が赤出汁か白出汁かで揉めると「食べなきゃイイじゃん…」という兄の言葉に部屋にこもり不貞腐れる。「何だよ…じゃんって」。最高だ。
 常盤監督は新しい家族の食卓を子供の目線で描く。通夜ぶるまいで出される料理はどれもが質素で、決して御馳走と言える代物ではないが、家族の歴史の中で繰り広げられた滑った転んだが、微笑ましく語られていく。祭壇の前でカリカリの目玉焼きや具がゴロゴロ入った味噌汁が提供されるごとに挿入される回想シーンの持って行き方は心憎いほど絶妙だ。
お互いに構えていた子供たちも打ち解けて、ピクニックしたり焼き芋したり…ウェルメイドな家族が描かれる一方で、時おり見え隠れする不穏な行動。子供たちは気づいている…そこを尋ねてしまったら取り返しが付かなくなるのでは?と。家族なんて何でも話せて隠し事なんて無いというのは絵空ごとだ。子供に話せないこと、親に話せないことを抱えた狭い空間(ここでは台所の食卓)で家族の形状を保ち続ける。もし、それを白日の下にさらしたら家族なんてものはひとたまりもなく崩壊してしまうだろう。だからこそ敢えて触れないという選択を家族間で繰り返してきた。それがピンボケや手ブレのスナップ写真で表しているのも見事だ。
 常盤監督が『最初の晩餐』で描いた家族の姿に、家族は一本の川に似ていると思った。小さな源流に何本もの支流が加わり、やがて大きな川となる。河口に注がれるまでいくつも分岐と合流を繰り返し、時には穏やかに時には濁流となり…それでも流れる方向は一緒だ。川と違うのは家族には目的地が無いということ。家族である限り同じ方向に流れて行かなかくてはならない。ところがこの川のうねり…子供の視点ではよく見えない事が多々ある。大人になって「あれって、これだったんじゃないの?」と初めて気付いた時には後の祭り…今度は大人の思慮深さが手伝ってそっと蓋をする。その繰り返しだ。
 さて、ここでは書けないが、実に微笑ましい隠し事が用意されている。結局、家庭の大黒柱が最後の最後まで威厳を保ち続けたということか。最後に明かされるささやかな嘘に、自分の亡父に対する思いが重なり、ちょっとホッとさせられた。色々あったけど、それでも家族は簡単には壊れないのだ。
 ともあれ常盤監督渾身の一品『最初の晩餐』は、期待にたがわぬ御馳走であった。

「俺たちは互いに知らないことだらけだ」劇中、染谷が言うセリフが言い得て妙だ。家族は近いようで遠い存在かぁ…なるほど。

【常盤 司郎監督作品】

平成20年(2008)
99%の自殺

平成22年(2010)
クレイフィッシュ

平成23年(2011)
皆既日食の午後に

平成29年(2017)
終着の場所

令和1年(2019)
最初の晩餐




Produced by funano mameo , Illusted by yamaguchi ai
copylight:(c)2006nihoneiga-gekijou