|
上映が終わると広い明治神宮会館のホールは水を打ったような静寂に満ち溢れ…次の瞬間、場内は割れんばかりの拍手に包まれた。2011年6月26日に行われた“ショートショート フィルムフェスティバル & アジア 2011”のアワードセレモニーで『皆既日食の午後に』が特別上映された時の様子だ。 昨年、『クレイフィッシュ』にてミュージックShortクリエイティブ部門の優秀賞と観客賞をダブル受賞した常盤司郎監督の最新作は皆既日食の日を過ごす4人の男女に起こった出来事を描いた物語だ。ゆっくりと街全体が暗くなっていくシーンでSuperflyがため息だけで構成したという楽曲Ahが静かに流れ始める。様々な悩みを抱いている登場人物たちを闇が優しく包み込み、再び明るくなり始めた時、小さな奇跡が起こる。「初めて曲を聴いた時、賛美歌のようだ…と思いました」と語る常盤監督。と、同時に色々な人たちが癒されていく映像が浮かんできたそうだ。「それって群像劇じゃないかな?」と、常盤監督は複数の人々を主役においたショートフィルムという難関に挑む。「Superflyさんの曲もチャレンジされていたので、だったら僕も挑戦してみようかなと…」次に常盤監督が思い立ったのが賛美歌が唱われる教会の代わりに街全体を日常から非日常的な空間にしてしまう皆既日食の一日を描くという事だった。4人の登場人物のエピソードを15分でまとめなくてはならず「やはり一番苦労したのは脚本でした」と振り返る。完成した作品を観るとかなりスピリチュアルなテーマを根底に感じるのだが「実は、テーマを考えずに執筆を始めたのですが、書き上げると“伝える”というのがテーマになっていたと思います」常盤監督のいう“伝える”という事は、言葉で伝えるだけではない気持ちや感情、そして思いなど…実に社会の根底に根ざす壮大なテーマと言えるだろう。「中には伝えるつもりが無いのに伝わってしまうものってありますよね?それって、その年代の時には伝わらなかったんだけど歳をとって理解出来る事がある。今回の映画は“伝わらないもどかしさ”を感じてもらえたらと思います」そう言えば、印象に残るシーンがある。新井浩文演じる青年が誰もいない実家でアルバムをめくっていると見事なまでに笑顔の無い父親の写真ばかり。ところが何枚か剥がされた跡があり…これは故意なのか?だとしたら誰が?(肝心なところなので詳しく説明出来ないが)その理由は最後まで明確にはされないものの、このシーンに“伝えたくないもの”と相反する“伝えたい気持ち”のうらはらが如実に表現されている。 「この映画に関して言えば、観客に伝わりきらない部分があったとしても良いと思っています」映画を観た人から“あのセリフの意味が分からなかった”という質問をされた時、常盤監督は「それって正しいんじゃないかな」と思ったそうだ。年代や性別によってどうしても理解出来ない事って普段の生活の中で当たり前の様に存在している。だから映画の中で全て説明してしまうというのはある意味、過剰なサービスかも知れない。「実は…僕自身脚本を書いている時、無意識で出てくるセリフがあるのですが、それって僕も良くわかっていない事があるんです」と笑う。「たまにあるんですよね。ポロって自然に出てくる言葉。その言葉は果たして僕が言っているのか、それとも登場人物が言っているのか…でも、それこそが本物の言葉じゃないかなって思っています」という常盤監督は、そうした自分でも理解出来ない言葉は出来るだけ削らない様にしているという。「だからティーチインの時に質問されても上手く答えられない事もあったりして…(笑)なので、観客の皆さんに分からないまま家に持ち帰ってもらうのもアリかな?と思っているんです」そんな常盤監督が目指しているのは最後に解答を出さずにエンドロールの最中や駅までの帰り道に考えてもらえるような映画だという。「あれって何だったんだろうって今、引っかかっていても20年後には伝わるかも知れない。『皆既日食の午後に』がそんな映画であったらイイですね」 子供の頃、初めてお小遣いで購入したのが『E.T』のサウンドトラック盤テープだったという常盤監督。周囲の友人たちがジャパニーズPOPにハマっていた時、映画のサントラ盤ばかり聴いていた常盤監督のお気に入りはジョン・ウィリアムズだった。友だちと映画を観にいくと劇中に流れていた曲を帰り道には一人口ずさんでいたそうだ。「そんなにしょっちゅう映画館に行けないし、当時はレンタルビデオも無かったですから、映画音楽から映画のシーンを想像していたんです。小五の時には『風の谷のナウシカ』を友人にテープに録音してもらい、頭の中で2時間丸々セリフ・SE・BGMを完全コピーして言えてましたからね(笑)」既に子供の頃から映像と音楽を頭の中でリミックスする習慣を身に付けていた常盤監督がミュージックShortでその才能を開花させたのは当たり前の事だったかも知れない。確かに、Ahが流れる中盤の皆既日食が始まる坂から街の全景が見えるシーンは『E.T』の中に出てくる少年たちが自転車で空中高く上がるファンタジー性を感じる。 短い時間の中に密度の濃いものが詰まっているのがショートフィルムの良いところ」と語る常盤監督。「今回の作品にしても15分に凝縮した脚本を面白いと思ってくれた多くの出演者とスタッフが集まって、ギュッと集中して撮影してサッと去っていく。だからこそ密度が濃く、質の高い映画が出来たのだと思います。集中して映画作りが出来る…それがショートフィルムの一番の魅力ですね」そんな常盤監督だが、次回作はそろそろ長編映画に着手したいと思っているそうだ。「勿論、ショートフィルムは好きですから今後も続けて行きますが、長編でしか描けない“間”とかやってみたいですね」常盤監督作品の特徴は長編映画のような独特の間合いが存在するところにある。「実は、昨年の“ショートショート フィルムフェスティバル & アジア”で『クレイフィッシュ』で受賞した時に、プレゼンテーターをされていた壇れいさんから“長編映画を1本観たような感覚になりました”と声を掛けてもらったんです。確かに自分自身、そういう間合いを大事にしていましたから」と語る常盤監督。今度は長編でも思う存分、その間合いを発揮してもらいたいものだ。
|
|
Produced by funano mameo , Illusted by yamaguchi ai
copylight:(c)2006nihoneiga-gekijou |