「ほとんどプロの現場を経験した事が無かった私にしか語れない事があるのではないか」ショートショート フィルムフェスティバル & アジアと東京国際映画祭の提携企画「フォーカス・オン・アジア」&ワークショップを前に特別講師として招かれた岩田ユキ監督は思いの丈を述べた。「大切なのは自分がこだっている事をどこまで表現(実現)出来るか。しゃべりがたどたどしくても気が弱くても…その人にしか表現出来ない事があるはずだから、“えっ、こんな人でも映画が撮れるの?”と、思ってもらえたら」という言葉通り、ワークショップで語られたのは、テクニックや方法論的な事ではなく岩田監督の体験記といった方が良いかもしれない。

 人生にはいくつかのターニングポイントがあって、180度の方向転換をする人もいれば、自然な流れに任せて緩やかに転機を迎える人もいる。文具メーカーのキャラクターデザイナーだった岩田監督が映像の世界に飛び込んだ理由が「自分の描いたキャラクターを動かしてみたかった」という実にシンプルだがクリエイターとしては自然な欲求からスタートしている事から、明らかに後者のタイプであると思われる。だからこそ、この人の話を聞いてみたいのだ。平成23年10月30日、東京都写真美術館に集まった多くの参加者が、熱心に耳を傾け時間いっぱいまで質問していたのは、岩田監督の「私にしか語れない事」を自分に置き換えて聞きたかったのかも知れない。当日は、新作『指輪をはめたい』や『スキマスイッチ/8ミリメートル』等の作品をプロデュースされた平林勉氏も登壇し、客観的な立場から撮影現場における岩田監督を紹介。監督とプロデューサーの異なる視点で語られたおかげで更に厚みのある内容となった。

 中島哲也監督の処女作『夏時間の大人たち』を観た岩田監督は“こんな映画を作った人の授業を受けたい!”と思い、中島監督が講師を務めるENBUゼミナールに入学。それまで自主映画でパペットや着ぐるみを使ったセリフの無い短編(今回、上映された初期の作品―パペットで出来た朝食の目玉焼きがナニワ漫才風に掛け合いで貧乏学生をバカにする『卵黄のきみ』は間違いなく名作だ)ばかりを作っていたという。当時、自主制作作品を「誰かに認めてもらいたい」と思い、あちこちの映画祭に出品していたという。「出しまくって落ちまくっていましたけど(笑)。でも映画は観てもらって初めて生きるものですから…」そんな岩田監督は、ある日「一度好きな事を止めてみろ」と中島監督から進言され、初めてセリフのある作品に着手する。いきなり『新ここからの景』は、ぴあフィルムフェスティバルで審査員特別賞を受賞する。それまではセリフのある映画に抵抗感を感じていたというが、実は本作にこそ以降の岩田監督作品に通じる真髄が隠されているのだ。それは、全ての作品に共通している“恥をかいている主人公”という一貫したテーマ。「この作品の主人公はハッキリ言って性格良くないです(笑)。悪態ついたりして…言わば嫌われても自業自得なのに、それでも傷ついちゃう」だからと言って主人公が人徳者と出会い癒されるような展開を善しとしない。傷ついた主人公を被害者に見せて敵対する側を悪に描くのはエンターテイメントとして(岩田監督の言葉通りに表現すると)「ゲスい」という。「誰かに優しい言葉を掛けられる主人公(作り手に甘やかされた主人公)よりもドン底に叩き落とされて自分で崖を這い上がってきた時に初めて私は手を差し伸べたい」という岩田監督のキャラクター造形。それは、長編デビュー作『檸檬のころ』から最新作『指輪をはめたい』に至るまで主人公を甘やかさないスタンスはブレる事なく続いている。『檸檬のころ』でも主人公が待っているだけではなく幸せを掴みに行動を起こすシーンを原作から追加している。登場人物の設定にこだわる岩田監督は、「始めから出演者たちに手の内を見せて、こういう感情でお客さんに見せたいから…というところまで説明して共犯になってもらう」というアプローチで登場人物に膨らみを持たせている。そのおかげで出演者からも“だったらこうした方が…”というアイデアも出てくるといった相乗効果が生まれているのだ。

 助監督としての下積みを経験した事がなかった岩田監督にとって、プロのスタッフに囲まれた中で、自分の思いをどのように伝えるか…というコミュニケーションが一番苦労したと振り返る。自主映画を映画学校の仲間と作っていた頃はお互いに自分のワガママを言って、ある程度自分の思い通りに進行出来ていた岩田監督が最初にぶち当たった壁は現場経験が少ない故の段取りや演出方法の難しさ。スタッフが同じ学生だった『新ここからの景』でさえも、子役のオーディションから撮影時のコミュニケーションに至るまで、気心の知れた仲間同士で映画を作って来た岩田監督にとって初めての経験ばかりでかなり苦労したという。「何が違うのか?どう言えば自分の思いが伝わるのか?が、頭に浮かばなくて…何度もやり直しをさせてしまった結果、女の子の役者さんを泣かせてしまったんですよね」その後に伊参スタジオ映画祭シナリオ大賞の助成金で制作した『少年笹餅』でも一般の男の子を主役に起用したもののリアルな演技を求め過ぎて少年が“出たくない”と言い出すひと幕も。本作で本格的なクルーと現場を経験した後、いよいよプロのスタッフによる洗礼を浴びる事となったのが『ヘアスタイル』と『檸檬のころ』の2作品。自主映画とのギャップを痛烈に感じたのはスケジュールだったと岩田監督は語る。「仲間内で作っていた自主映画の場合、例えば晴れのシーンを撮りたいのに雨が降ったとしても別の日に変更出来たのですが、プロの皆さんとお仕事する上では当日の変更なんて勿論、出来ないわけです。撮れないという時点で考える事ではないんですよね」それすらも自分は分かっていなかった…と、振り返る岩田監督。どうしてもこだわっているシーンならば、最初から不慮の出来事を想定した予備日を組んでおくという事を『ヘアスタイル』の現場で学んだという。続く初めての長編監督となった『檸檬のころ』は、「こんなピュアな作品なのに精神状態は最悪でした」というほどの苦労も。「現場のスタッフさんは皆さん百戦錬磨の方々ばかりだったので、私のあまりの無知ぶりに動揺が起こったと思います(笑)」やはり、そこでも苦しまれたのは自分の思いをスタッフにどうやって伝えるか…というコミュニケーションだった。不恰好だったかも知れないという現場の中で学んだことは数多く、主人公が片想いの彼から頼まれていた歌詞を閃いた時に当たる眩いばかりのライティングやカメラを動かすことによって登場人物の感情を表現する手法っだたりとか「多分、自分だけでは考えつかなかったであろう事をたくさん教えていただけた現場でした」。

 「映画はひとりぼっちの人のためにあるもの。そのひとりぼっちのために映画を作り続けたいと思う」と常に思っている岩田監督は「観る人が自分の人生の時間を割いてくれているのだから“何も心に得がない”というのは許せない」と力説する。だから長編だろうと5分程度の短編だろうと全力で取り組む…という信条を持つ岩田監督は5つのシークエンスから成るミュージックショート『スキマスイッチ/8ミリメートル』を手掛け、ショートショート フィルム フェスティバル & アジア 2010において優秀賞を受賞。「何か新しい事をしたかった」岩田監督にとってショートフィルムは描きたい事をブレずに集中して描ける理想的な表現手法だったという。「発案から撮影までの時間が短いから自分の中にあった思いがホットなうちに形に出来る良さがあった」と語る岩田監督は、本作で自身の描いたイラストと実写を融合させた、ある意味、原点を振り返った作品に仕上げていた。本作あたりから岩田監督の世界観をスタッフやキャストに知ってもらう事を意識しはじめたと平林プロデューサーは語る。「撮影に入る前に岩田監督の持っているイラストやビジュアルイメージを見せて理解をしていただいた上で参加してもらったりとか、スタッフィングする際にも経験値が少なくても岩田監督のセンスに共感してもらえる人に声を掛けたりしました」こうした岩田監督を次のステージへと進めるための活動によって最新作『指輪をはめたい』では本来の持ち味をエッセンスとして映像に散りばめる事が出来たのだ。明らかに数年前の現場の経験も無かった岩田監督と違うのは手探りながらもひとつひとつ作品を残して来たこと。事実、スキマスイッチのお二人も『檸檬のころ』を観てくれており、打ち合わせで岩田監督の提案するイメージを受け入れてもらえたそうだ。「映画に関わった皆が幸せになるためにいいものを作る」という岩田監督の信念が確実に伝わり、花開きはじめているのではないだろうか。映画の世界に入って10年を経て今までの制作現場を振り返る岩田監督。最初の頃は、右も左も分からない新米監督だから馬鹿にされないようにと、気負っていた時期もあったという。「元々、気の弱い性格ですから自分が監督らしくしなきゃって、漠然と大きな声で指示を出そうとか…そっちにばっかり気を取られて大切な中身が疎かになっていたんですね」監督として大勢のプロに囲まれた時“立派に見られたい”という焦りが足かせになって、逆に思いを伝えることが出来なかったという。「でも、気が弱い監督だなって思われても良いのでは…っていくつかの現場を体験して思えるようになって、それよりも大事なのは最終的に完成した作品が良くなる事なんですよね」もう見栄えの事は諦めようとしていますと笑う岩田監督は、苦手な事を克服するのではなく自分のやり方で苦手と上手に付き合う術を身につけたようである。

 ワークショップを終えて感じたのは、様々な質疑応答の中で、これから岩田監督のような経歴のクリエイターが増えてくるであろうという事だ。大小数多くの映画学校が設立され、従来のスタジオシステムの中で存在してきた◯◯組といった徒弟制度だったり師弟関係は、映画学校における先生と生徒という関係へと変化するのではないか?正に現在は映画制作現場の過渡期に差し掛かっていると思えるのだ。だからこそ、今回のワークショップで岩田監督が語った体験談は、これから映画業界へ飛び込もうとする人たちにとって現実的なアドバイスになっていると思われる。岩田監督が最後に述べた「どんなに制作過程が見苦しくても最後にイイ作品が出来れば、それで良いと思います」という言葉は映画監督を志す人の座右の銘とすべきかも知れない。

取材:平成23年10月30日(日)“ショートショート フィルムフェスティバル & アジア「フォーカス・オン・アジア」”ワークショップ会場 東京都写真美術館にて

【岩田 ユキ監督作品】

平成16年(2004)
新ここからの景

平成17年(2005)
ヘアスタイル
 おさげの本棚
少年笹餅

平成19年(2007)
檸檬のころ

平成21年(2009)
スキマスイッチ
 /8ミリメートル

平成23年(2011)
指輪をはめたい




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