影の車
六才の子供に殺意があるか?甘美な愛欲の果てに待ちかまえていた恐ろしいワナ―あなたの身近に迫る、これが問題のドラマだ!!

1970年 カラー シネマスコープ 98min 松竹(大船撮影所)
製作 三嶋与四治 監督 野村芳太郎 脚本 橋本忍 撮影 川又昂 音楽 芥川也寸志
美術 重田重盛 照明 三浦札 編集 浜村義康 録音 栗田周十郎 原作 松本清張
出演 岩下志麻、加藤剛、小川真由美、滝田裕介、岩崎加根子、芦田伸介、浜田寅彦、稲葉義男
近藤洋介、早野寿郎、野村昭子、川口敦子、岡本久人、小山梓


 松本清張の同名原作を清張文学の映画化では定評のある野村芳太郎が日常性の奥に潜む恐怖を描いた作品。「このような作品が映画化される事は意外というか、一種の驚きを感じた」と作者本人が語る通り、ごく一般的な日常性の中から恐怖を引き出して、読者に戦慄と感銘を与えるのが松本清張の推理文学の真骨頂とされているが、その特徴を最も純粋、かつ簡潔に引き出しているのが本作である。本作は“婦人公論”に連載されていた“潜在光景”を原作としており、松本清張原作の映画化では世評と信頼の最も厚い野村監督が8年間構想を練り8ヶ月もの長期ロケーションを敢行して完成に至った。野村監督と名コンビぶりを発揮してきた川又昂が撮影を担当。従来、映画では不可能とされていたカラーの分解処理〔多層分解〕が試みられているのも話題となった。脚本は日本映画の名作として名高い『砂の器』でコンビを組んだ橋本忍が担当している。主演に、まだ29歳だった岩下志麻が母親の役を好演している。また野村監督作品『五辧の椿 』でも共演した加藤剛が幼い頃のトラウマに悩まされ死の恐怖に怯える男を熱演している。


 浜島幸雄(加藤剛)は帰りのバスの中で、古い知り合いの小磯泰子(岩下志麻)と再会する。旅行案内所に勤務する浜島は妻・啓子(小川真由美)と何不自由なく生活していたが、会社と団地の往復の毎日に泰子と出会う事で今までにないときめきを覚えていた。数日後、またバスで一緒になった泰子に促されるままに浜島は、彼女の家を訪ねた。夫に死なれた泰子には六歳になる健一という息子がいた。浜島はその後、何度も泰子の家を訪れ次第に彼女への想いを強くする。一方、そんな浜島を息子・健一は冷ややかな目で見るようになっていた。ある晩、浜島と泰子は関係を持ち、毎日のように彼女の家を訪れるようになる。しかし、日を追うごとに浜島の目には次第に健一が敵意を抱いているように感じるようになる。それは、浜島にも幼い日に父を亡くした母と伯父との関係を知り、心に深い傷をおう記憶があったからだった。そして、いつしか健一が自分を殺そうとしているのではないかという幻想を抱くようになる。ある朝早く目を覚ました浜島の前に斧を持った健一が立ちはだかった。恐怖におののく浜島は、斧を取り上げ健一の首をしめてしまう。健一の命は取留めたものの浜島は警察に殺人未遂の罪で逮捕されてしまう。六歳の子供である健一が殺意を自分に向けていたと説明する浜島だが、警察は「六歳の子供に殺意があるわけがない」と信じようとしない。その瞬間、浜島は「ある!自分が六歳の頃、母親の相手を殺意の元に殺したから」と叫ぶのであった。


 小田急線の開発途上の新興住宅地を空撮で延々と捉える冒頭のカット。戦後の日本は終わりを告げて急速に発展しつつあった昭和45年…万国博覧会が大阪で開催され、敗戦国だった日本が復旧した事を世界に知らしめた頃、人々の心の中に何かしらの歪みのような影が生まれていた。隣近所助け合っていた昭和30年代と異なり、次々と建設されるマンモス団地は個人主義を増進させる新しいライフスタイルとなっていた。本作は、そうした隣人不在の中から生まれた物語である。だからこそ、野村芳太郎監督は赤い土が剥き出しとなった住宅建設地を上空から眺めるようなカットから始めたのであろう。不安定に揺れるカメラの先に生きている豆粒程の何万人という人間たち。これから展開される物語に対する不安感を煽るような構成は、さすが!サスペンスの盛り上げ方に長けている野村監督らしい…と早々に感心させられてしまう。
 加藤剛演じる主人公の男が自分が住んでいる団地の近くに、以前住んでいた千葉の田舎町で知り合いだった岩下志麻演じる女性が息子と二人で暮らしている事を知る。懐かしさから夕食を一緒にする内に次第に男と女の関係になってしまう…。と、ここまでは不倫もののメロドラマだが、彼女の6歳になる息子が、時が経つに連れて男に殺意を剥き出しにするところで恐怖のボルテージが一気に上昇する。母親を奪われそうになる子供が、果たして相手の男に殺意を抱くものなのだろうか?加藤剛の回想シーンで彼が幼い頃、同じように自分の母と関係があった男が父親の如く家に出入りするのを苦々しい面持ちで耐えていたというのが描かれる。また、母親の相手だったその男が海で死んでしまったというのも描かれるのだが、この辺りから我々観客も実は主人公の男が子供の頃に母親の相手を殺したのではないか?と薄々気付き始める。男も子供の頃に同じ殺意を抱いていた事によって、トラウマが引き出す妄想なのか?それとも本当に彼を殺そうとしているのか?橋本忍は松本清張の原作を見事なサイコスリラーとして脚色している。
 母として女として、狭間に立たされる岩下志麻は、文芸大作に立て続けに出演した後、前作『心中天網島』にて、魔性の女という新境地を開拓しただけに本作でも本領を発揮。かつて『古都』で双子の役を演じていたいたが、本作では女と母という二つの人格(人格という言葉は適当ではないのだが他に思い当たらないので)を演じているわけだ。この作品における演技力が高く評価され、野村芳太郎監督・松本清張原作・岩下志麻主演というトリオ作品が松竹の看板として製作される事となる。息子が寝ている隣の部屋で息を殺しながら男に抱かれる女=母が、見せる表情は、今まで見た事もないエロティシズム溢れる何とも言えない淫美な表情であった。常に息子にとって母であった存在が、女の表情を見せた時…果たして子供は冷静でいられるのだろうか?昼間の彼女があまりにも清楚で優しい母の顔を持っているだけに、薄暗い部屋の布団の中で見せる表情は息子でなくてもショックを感じる…というか女の怖さを感じてしまう。クールな顔立ちの岩下志麻が庶民的な保険の外交員を演じ、すらっとした細身の体でネズミがかけずり回る台所にエプロン姿で立つ絵柄だけで自虐的なエロスを感じさせる…これが、岩下志麻という女優の凄いところだ!

「あるんだ!」六歳の子供が殺意を抱く事なんてあるわけがないと、断言する刑事に向かって叫ぶ主人公。彼には、はっきりと主張出来る理由があった…それは…。


レーベル: 松竹(株)
販売元:松竹(株)
メーカー品番: DA-772 ディスク枚数:1枚(DVD1枚)
通常価格 3,591円 (税込)

昭和35年(1960)
乾いた湖
笛吹川
秋日和

昭和36年(1961)

あの波の果てまで
好人好日
京化粧

昭和37年(1962)
千客万来
切腹
秋刀魚の味  

昭和38年(1963)
古都
風の視線
島育ち
結婚式・結婚式
結婚の設計

昭和39年(1964)
いいかげん馬鹿
暗殺
五辧の椿
大根と人参

昭和40年(1965)
雪国
暖春

昭和41年(1966)
春一番
暖流
紀ノ川
処刑の島
おはなはん

昭和42年(1967)

春日和
智恵子抄
激流
あかね雲
女の一生

昭和43年(1968)
爽春
祇園祭

昭和44年(1969)
心中天網島
赤毛

昭和45年(1970)
無頼漢
影の車

昭和46年(1971)
内海の輪
婉という女
黒の斜面
嫉妬

昭和47年(1972)
影の爪

昭和49年(1974)
卑弥呼

昭和50年(1975)
桜の森の満開の下

昭和51年(1976)
はなれ瞽女おりん

昭和53年(1978)
雲霧仁左衛門
鬼畜

昭和56年(1981)
悪霊島

昭和57年(1982)
鬼龍院花子の生涯
疑惑

昭和59年(1984)
北の螢

昭和60年(1985)
魔の刻
聖女伝説

昭和61年(1986) 
近松門左衛門鑓の権三
極道の妻たち

昭和63年(1988)
桜の樹の下で

平成2年(1990)
極道の妻たち
 最後の戦い

少年時代

平成3年(1991)
新極道の妻たち

平成5年(1993)
新極道の妻たち
 覚悟しいや

平成6年(1994)
新極道の妻たち
 惚れたら地獄

平成7年(1995)
極道の妻たち
 赫い絆
鬼平犯科帳

平成8年(1996)
霧の子午線
極道の妻たち
 危険な賭け

平成10年(1998)
極道の妻たち 決着

平成15年(2003)
スパイ・ゾルゲ




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