魔の刻
母だからこそ女。

1985年 カラー ワイド 110min 東映セントラルフィルム
製作 黒澤満 監督 降旗康男 脚本 田中陽造 原作 北泉優子 撮影 木村大作

美術 今村力 音楽 甲斐正人 編集 鈴木晄 企画 中西宏 照明 安河内央之
出演 岩下志麻、坂上忍、岡田裕介、岡本かおり、石橋蓮司、神山繁、伊武雅刀、山田辰夫
榎木兵衛、富士原恭平、豊崎寿夫、斉藤建夫、岡部正純、小林稔侍、常田富士男、宮下順子


  母子相姦というタブーのテーマに大胆に挑んだ女流作家・北泉優子の同名原作の後日談とも言える肉体関係を持ってしまった母親と息子の苦悩を描く。あまりにもセンセーショナルな内容から映画化は難しいと言われていた原作を『上海バンスキング(1984)』の田中陽造が見事に脚本化、『居酒屋兆治』の降旗康男がメガホンを取り、禁断の世界で苦悩する二人の姿を切り開いてみせる。撮影は降旗監督と長年コンビを組む『駅・STATION』の木村大作が勤めている。また松田優作のハードボイルド映画を作り続けていた黒澤満がプロデューサーとして新境地を開拓した。主演のヒロイン・涼子に妖艶な演技で観客を魅了し続ける岩下志麻が演じ、その息子・深に当時俳優・歌手として活躍していた坂上忍が熱演している。


 息子・深(坂上忍)に会うために、漁港に着いた水尾涼子(岩下志麻)を深は冷たい態度で突き放した。母と越えてはならない一線を越えてしまった事を悔やんだ深は家を出て、この港町で直吉丸という魚屋で働いていたのだ。そんな息子を執拗に追いかけて来た涼子はアパートを借り、深に付きまとうのだった。涼子が住むアパートの向かいの薬局の主人・花井(岡田祐介)からある日、魚釣りに誘われる。花井は妻と義理の母を次々と亡くし、警察や近所の人たちから保険金殺人の疑いをかけられていた。直吉丸の娘・葉子(岡本かおり)が、深に好意を抱いていた事が原因で直吉丸の従業員仲間に包丁で腹を刺されるという事件が起きた。涼子は深を花井薬局に連れて行き、内密に花井の知人である医者・西方(石橋蓮司)に治療を依頼する。しかし、直吉丸従業員の自首によって明るみに出た傷害事件をきっかけに刑事がまた花井に疑いの目を向け始める。やがて花井は、暫く旅に出ると涼子に置手紙を残して姿を消した。数日後、町に帰ってきた花井は妻の義母と関係があり、それを清算するために毒殺したことを涼子に告げた。涼子もまた深との母子相姦に至るまでを彼に打ち明け、二人はホテルで愛し合った。翌日、花井はひっそりと入水自殺を果たす。息子に対する未練を断ち切った涼子は一人港町を去るのだった。


 母はいつまでも“母親”であり、息子は母を女として見る事はない…なんて言い切れるだろうか?その逆もまた然りで、母にとって息子はあくまでも子供であり自分自身は“母親”という役割を務め上げているにすぎないはずであった。この均衡が何かの拍子に崩れた時に両者の関係は破綻してしまう…北泉優子の小説に出てくる二人の主人公は厳格な父親によって追いつめられた弱者であり、お互いが肩を寄せ合って生活する中でいつしか“男と女”の関係になってしまうまでを描いていた。降旗康男監督はあえて原作を忠実に映画化するのではなく、原作では描かれなかった二人の後日談を作り上げてしまったわけで、原作ファンにとって本作はどう見えるのだろうか?という点に興味が湧く。原作では父親の圧力から家庭内暴力に走る息子とそれを必死になって受け止めようとする母の姿が克明に描かれていたが、映画では母親の体内に潜む娼婦性を岩下志麻に演じさせていた。降旗監督曰く…「男にとって女の根源的魅力は、こうした娼婦性(ある意味、菩薩のような受け入れる精神性)にある」と語っており、母親という立場を超えた愛の形を中心に描こうとしていたという。だからこそ、あえて原作の焼き直しを映画でするのではなく、もう一歩踏み込んだ“女”の姿を描いた映画オリジナル版の『魔の刻』として誕生したのである。
 原作を読んだ時に、真っ先に企画書を作って映画化に臨んだという岩下志麻。映画化まで4年の歳月を待ち続けただけあって、さすが!その情熱は迫真の演技として表れていた。デビュー当時の娘からヤクザの姉御を経て魔性の女へと変貌し続け…本作はその頂点と言っても過言ではない妖艶な演技を披露してくれる。ストーカーのように坂上忍演じる息子に付きまとうのだが、息子の知り合いの前では母親のように(実の母親なのだが…)立ち振る舞い、それが二人っきりになったとたん、一人の女の表情に豹変して息子の首に手を回して恋人のように甘えてみせる。この瞬時に変わる母と女の顔が実に怖い。人間の愛情は、上手く行っている時は問題ないのだが、抑制が効かなくなった時、その先にあるのは悲劇だけだ。岩下志麻演じる母親は、現在の亭主と結婚するまで厳粛な女性で遊んだ事もなく、そのまま家庭に収まった女性という設定。そんな彼女がタブーを体験する事で今まで自身の奥深くに眠っていた本能的な欲望に火をつけてしまい抑制が効かなくなったのかも知れない。息子(途中で自分の行っている事に気付き歯止めをかけたのは息子の方だった)に無視され、アパートの一室で苛立つ彼女の姿は情炎に身悶える女そのもの…。この映画はこうした演技が出来る岩下志麻という女優が存在しなければ実現しなかった企画である事は間違いない。ラストシーンで全てを吹っ切って清々しい表情で港町を去っていく彼女を見て、我々観客の男たちも彼女に2時間近く振り回されたような錯覚に陥ってしまう。岩下志麻が演じてきた女性は、『卑弥呼』にしろ『心中天網島』『悪霊島』にしろ、ある種の危険を伴う女性たちばかり。まさしく魔性の女と呼ぶに相応しい役柄を多く演じてきた彼女だからこそ出来る、これ以上はない魔性の女が本作の岩下志麻なのだ。

「怖い?私が何を怖がるわけ?怖いものなんか無くなっちゃった」涼子が岡田祐介演じる殺人疑惑を掛けられている男に言うセリフ。怖いものが無くなった人間ほど、周りの人間にとって怖いのだ。


レーベル: 東映ビデオ(株)
販売元: 東映ビデオ(株)
メーカー品番: DSTD-2681 ディスク枚数:1枚(DVD1枚)
通常価格 4,253円 (税込)

昭和35年(1960)
乾いた湖
笛吹川
秋日和

昭和36年(1961)

あの波の果てまで
好人好日
京化粧

昭和37年(1962)
千客万来
切腹
秋刀魚の味  

昭和38年(1963)
古都
風の視線
島育ち
結婚式・結婚式
結婚の設計

昭和39年(1964)
いいかげん馬鹿
暗殺
五辧の椿
大根と人参

昭和40年(1965)
雪国
暖春

昭和41年(1966)
春一番
暖流
紀ノ川
処刑の島
おはなはん

昭和42年(1967)

春日和
智恵子抄
激流
あかね雲
女の一生

昭和43年(1968)
爽春
祇園祭

昭和44年(1969)
心中天網島
赤毛

昭和45年(1970)
無頼漢
影の車

昭和46年(1971)
内海の輪
婉という女
黒の斜面
嫉妬

昭和47年(1972)
影の爪

昭和49年(1974)
卑弥呼

昭和50年(1975)
桜の森の満開の下

昭和51年(1976)
はなれ瞽女おりん

昭和53年(1978)
雲霧仁左衛門
鬼畜

昭和56年(1981)
悪霊島

昭和57年(1982)
鬼龍院花子の生涯
疑惑

昭和59年(1984)
北の螢

昭和60年(1985)
魔の刻
聖女伝説

昭和61年(1986) 
近松門左衛門鑓の権三
極道の妻たち

昭和63年(1988)
桜の樹の下で

平成2年(1990)
極道の妻たち
 最後の戦い

少年時代

平成3年(1991)
新極道の妻たち

平成5年(1993)
新極道の妻たち
 覚悟しいや

平成6年(1994)
新極道の妻たち
 惚れたら地獄

平成7年(1995)
極道の妻たち
 赫い絆
鬼平犯科帳

平成8年(1996)
霧の子午線
極道の妻たち
 危険な賭け

平成10年(1998)
極道の妻たち 決着

平成15年(2003)
スパイ・ゾルゲ




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