犬神家の一族
愛と憎しみ、そして怪奇。犬神家の一族に起った遺言状殺人事件!いま巨匠市川崑の手によって映画界に新しい悪魔が放たれた。
1976年 カラー スタンダード 146min 角川春樹事務所
製作 角川春樹、市川喜一 監督、脚色 市川崑 原作 横溝正史 脚色 長田紀生、日高真也
撮影 長谷川清 音楽 大野雄二 美術 阿久根厳 編集 長田千鶴子 照明 岡本健一 録音 大橋鉄矢
出演 石坂浩二、高峰三枝子、三条美紀、草笛光子、三国連太郎 、あおい輝彦、島田陽子、地井武男
川口晶、川口恒、金田竜之介、小林昭二、坂口良子、小沢栄太郎、加藤武、大滝秀治、寺田稔
三木のり平、岸田今日子、三谷昇
昭和25年、月刊雑誌「キング」にて1年以上に渡って連載された名探偵金田一耕肋を主人公にした横溝正史の同名小説の映画化。出版業界でその名を馳せていた角川書店の代表である角川春樹が角川春樹事務所を設立し、東宝と提携して自社で出版している本作の映画化に乗り出した角川映画第1作目。湖畔にそびえる犬神邸に次々と発生する怪奇な連続殺人事件に挑む金田一耕肋の活躍を描いた原作は、戦後間もなく発表されたにも関わらず、角川書店の一大キャンペーンに伴って再燃、ブームが巻き起こった。『反逆の旅』の長田紀生と日高真也、市川崑によって共同脚色が施され、監督は『黒い十人の女』『妻と女の間』の市川崑、撮影は社長シリーズを手がけてきた長谷川清が担当。音楽を、日本ジャズ界で人気ナンバーワンの実力派大野雄二が初めて映画音楽を手がけ、琴の音色をモチーフにした「愛のバラード」は、現在もなお聴く人の心を揺さぶっている。出演者は日本映画では珍しくなったオールスターキャストが実現。主演の金田一耕肋に、本作が映画初主演となる石坂浩二を迎え、横溝正史自身からも絶賛された程のアタリ役となった。大御所、三国連太郎、高峰三枝子に加えて、ヒロインにはアメリカのテレビドラマ『将軍』で脚光を浴びた島田陽子、そして物語のキーパーソンとなる人物をあおい輝彦が演じている。
日本の製薬王といわれた信州・犬神財閥の創始者、犬神佐兵衛(三国連太郎)は、遺言状を顧問弁護士、古館(小沢栄太郎)に託して他界した。その遺言状に書かれていた内容は犬神家の莫大な遺産相続を巡って一族内で争いが起きかねない内容だった。その内容に恐れをなした古館の助手・若林は、探偵・金田一耕肋(石坂浩二)に助力を得るための手紙を送ったが、金田一が那須に着いた直後、何者かに殺害されてしまう。若林の死から始まった殺人事件の調査を若林に代わって古館が金田一に依頼する。生涯妻子を持なかった佐兵衛には、松子(高峰三枝子)、竹子(三条美紀)、梅子(草笛光子)という腹違いの三人の娘がいたが、遺言状は血縁者全てが揃ってから発表されることとなっていた。松子の一人息子・佐清(あおい輝彦)の復員を待って公開されることになっていたが、戦争で顔を負傷した佐清は、仮面をかぶって一族の前に現われた。しかし、そこで公開された遺言の内容は犬神家の全財産と全事業を佐兵衛の大恩人である野々宮大式の孫娘、珠世(島田陽子)に譲られるとなっており、しかし、珠世が彼女たちの一人息子の誰かと結婚しなくてはならないとされていた。遺言状の内容に大きく揺れ動く犬神家の人々…だが、事件は遺言状の発表から間もなく起きてしまう。佐武が花鋏で殺され、生首だけ菊人形の首とすげかえられた姿ではっけんされたのだ。続いて佐智が琴糸を首に巻きつけられ殺害されてしまう。犯行現場付近には、いつも珠世と猿蔵の姿があったため警察は二人が容疑者と疑いマークする。金田一耕助は犬神家の系譜を次々と過去にさかのぼり、事件の真相に迫っていくとそこには誰も知る由のなかった意外な事実が隠されていた。
大野雄二の屈指の名曲“愛のバラード”と共に明朝体の大きな文字でタイトルと出演者のクレジットが画面いっぱいに表示された後、那須の街を古びた鞄を持ってよたよたと歩いてくる一人の男…。これが角川映画の記念すべき第一回作品として日本にミステリー・ブームを巻き起こした巨匠、市川崑監督と石坂浩二の名コンビとして、後に数多く作られる事となる金田一耕介初登場シーンである。このタイトルバックはこれから始まる壮大なドラマを予感させるに充分なインパクトを与え、何度観ても鳥肌が立つ。数多くの金田一シリーズが映画化されたがこのコンビが一番原作のイメージに近い…と、原作者である横溝正史も語っている。映像の凝り方はさすが市川監督らしく犬神家の屋敷内の装飾からロケーション撮影の那須の美しさに至るまで監督のこだわりが随所に見られる。その結果、戦後間もない街並みをセットではなく現存する街を探し出して撮影し、当時の那須の街を作り上げてしまったのだ。とにかく、その街に金田一がお馴染みの服装で登場するシーンから石坂=金田一シリーズが始まったのである。本作が日本映画の新たな可能性を広げた本作の功績はかなり大きく、これ以降「オールスター・キャストと言えば時代劇」という定番からアガサ・クリスティ型(本作でも市川崑監督はクリスティをもじって久里子亭というペンネームでシナリオを書いている)の「オールスター・ミステリー大作」というジャンルが日本でも行けると実証した。高峰美枝子の怪しげな魅力、島田陽子の清らかな演技、何と言っても出演シーンは短いが三国連太郎の重厚な存在感、そしてとぼけた雰囲気で笑いのセクションを一手に引き受ける加藤武演じる警察署長などなど…とにかく主演者全員が各々の仕事をキッチリとこなしているのが見事。
物語は那須市の旧家である犬神家の主が死んで、その遺産をめぐり殺人が行われるのだが、この遺産相続は3人の息子が遠縁の娘と結婚することで全て手に入れることができる…人間の欲望が連続殺人を引き起こしていくわけだ。そこで、真犯人を付き止める金田一の活躍が描かれる。同時に、古い日本の風習…その時代に翻弄される女性の哀しみも描かれており、単なる謎解きだけで終わることがない重厚な人間ドラマとしても楽しめる。横溝正史の小説は日本人の根底に潜むドロドロした部分をえぐり出すのが特徴なのだが、市川監督はあえて全体のトーン(映像やキャラクター)を明るくしており、これが功を奏して幅広い年齢層に受け入れられる結果となったのだと思う。特に石坂浩二の金田一は常に自然体で、主役でありながら事件よりも前面に出ることはなく、絶妙なバランスで演じているおかげで愛すべきキャラクターと成り得たのだ。「やはり金田一は石坂浩二!」と決定付けられたのも納得出来るくらい原作のイメージにピッタリとハマっている。金田一耕助という探偵は、事件よりも前にシャシャリ出て何か行動を起こすようなヒーローではなく、常に傍観者となって事件の真相に迫っていくタイプである。金田一を演じるに石坂浩二は、まさに控えめで、事件現場に駆けつけても警察官に制止されるとそこでおたついてしまう(自分が名探偵であるなんて事は本人が一番信じられないよう)…だから、彼が演じる金田一の目は我々観客の目に限りなく近い気がする。事件が終わり街を出てゆく金田一を見送ろうとする関係者を映し出すラストシーンも実に気持ち良く、ことごとく的を得ている巨匠の手腕に感動させられっぱなしの2時間半であった。
「あの人の事、忘れられない」金田一シリーズ屈指のエンディングと評価の高い金田一を見送りに行こうとする猿蔵が珠世に笑顔でいうセリフ。泣ける…。
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