悪魔の手毬唄
恨みがつもって二十年。青い沼に悪魔の数え唄が流れて美しい死体がまたひとつ…

1977年 カラー スタンダード 144min 東宝映画
製作 田中収 監督、製作 市川崑 脚色 九里子亭 原作 横溝正史 撮影 長谷川清 
音楽 村井邦彦 美術 村木忍 録音 田中信行 照明 佐藤幸次郎 編集 小川信夫、長田千鶴子
出演 石坂浩二、岸恵子、若山富三郎、北公次、永島暎子、渡辺美佐子、仁科明子、草笛光子
頭師孝雄、高橋洋子、原ひさ子、川口節子、辰巳柳太郎、潮哲也、加藤武、中村伸郎、大滝秀治
三木のり平、山岡久乃、林美智子、白石加代子、岡本信人、常田富士男、小林昭二


 1976年、日本映画界に爆発的な人気と話題で旋風を巻き起こした『犬神家の一族』に続いて、市川崑監督、横溝正史原作。石坂浩二=金田一の名トリオで再び贈る恐怖とロマンの娯楽超大作。仁礼家と由良家の長い対立が続く鬼首(おにこべ)村に、村出身の美しい人気歌手・別所千絵が帰省したと同時に、同級の若い娘たちが次々に殺害されてゆく。嫉妬か、復讐か、愛の遺産か?事件は古くから村に伝わる手毬唄に関わりながら、20年前の迷宮入り事件へさかのぼる。出演は市川監督が企画の段階から「この人に…」と決めていた女優―フランスから参加した―岸恵子(本作では『雪国』以来の三味線を披露している)とベテラン俳優・若山富三郎、人気沸騰中だった仁科明子、またアイドルグループ・フォーリーブスの北公次を迎え、前作に引き続き草笛光子や加藤武などが脇を固めている。金田一を演じた石坂浩二は、前回カツラだったのに対し、今回は地毛でモジャモジャのヘアースタイルに挑戦している。前作のヒットから二番煎じになる事を嫌った市川監督は前作のトーンを一新して九里子亭というペンネームで脚色もこなしているほど力を入れている。撮影は前作に続いて長谷川清、哀愁溢れるテーマ曲を村井邦彦が担当している。


 古い因襲に縛られ、文明社会から隔離された岡山と兵庫の県境、四方を山に囲まれた鬼首村。かつてこの村には仁礼家と由良家という二大勢力が対立していた。しかし、二十年前に恩田という詐欺師にだまされて以来由良家と仁礼家の勢いは逆転してしまった。当時、村の湯治場・亀の湯の源治郎が恩田の正体に気付くのだが、逆に半焼の死体で発見される。時は流れ、源治郎の一人息子・歌名雄(北公次)は葡萄酒工場に勤める青年に成長。彼には由良家の娘・泰子(高橋洋子)という恋人がいたのだが、仁礼家の娘・文子もまた歌名雄に好意を抱いていた。20年前の事件を現在も自分の執念で追いかけているのが磯川警部(若山富三郎)は、謎を解明するため金田一耕助(石坂浩二)に調査を依頼していた。磯川は亀の湯の女主人で夫を殺された被害者でもあるリカ(岸恵子)に想いを寄せていたのだ。金田一が調査を行っていた頃、泰子が何者かによって殺され滝壺で死体となって発見される。続いて、文子が葡萄工場の発酵タンクの中に吊り下げられて殺されてしまう。この二つの殺人事件には、村に伝わる手毬唄の通りに行なわれていることを金田一は気付く。事件の真相を調べる金田一を尻目に、第三の犯行が行われる。文子の通夜の晩、犯人はリカの娘・里子を殺してしまったのだ。金田一は、恩田と源次郎は同一人物であり、恩田すなわち源次郎は、千恵、泰子、文子の実の父親であることを突き止めた。一連の殺人事件の犯人はリカであり、歌名雄と異母兄弟である娘たちを殺してしまおうと画策したのである。リカは、全てを磯川と金田一に打ち明けると沼に身を投じるのであった。


 記念すべき角川映画第1作目が絢爛豪華な装飾美に彩られた『犬神家の一族』だったのに対して、何と2作目の本作は山奥の寒村で引き起こされる連続少女殺人事件。舞台も前作に比べてかなり地味な感が否めない本作だが…むしろこのギャップが本シリーズの世界観の豊さや奥深さを知らしめたと、言えるだろう。前作『犬神家の一族』に比べて本作は青空の印象が殆ど無く、どんより雲ったアンダーな色調で全編構成されているのが特徴だ。それに伴って美術セット等も色あいは抑えられ、金田一が宿泊する岸恵子が切り盛りする湯治場宿なんかは今にも朽ち果てそうなくすんだ雰囲気が寒村の寂しさと、そこで起こった悲劇を充分に伝えていた。地方の旧家であるセットひとつ取っても歴史の重みを感じさせるような艶や光がスクリーンから威圧感を与える。細かな食器等の小道具にいたるまでこだわり抜くからこそ、画面に奥行きが生まれるのだ。村木忍による美術は毎度の事ながら見事としか言いようがない。また、北欧のような詩情豊かな風景を捉えた長谷川清カメラマンによる暗めの色彩はある種、水墨画のような美しさを持っている。特にラストで犯人を演じた岸恵子が水煙が涌きたつ沼にゆっくりと入水し自ら命を絶つシーンなんか、幻想的な美しさ溢れる素晴らしい映像だ。今回の犠牲者は全てが若い女性であるために殺されるシーンもあまり生々しくしてしまうとただのスプラッターものになってしまう危険性が横溝正史の小説には伴っている。それを逆手に取ったのが松竹版『八つ墓村』であるが、あちらはあえてホラー映画にしてしまった。東宝はやはり上品さを売り物にしているらしく、高橋洋子を筆頭に殺される娘たちは、皆美しく犯人の手に掛かってしまうのだ。当時、売れっ子だった実力派新人女優の高橋洋子をアッサリと一番最初に殺してしまう大胆さにまず驚かされてしまう。しかも滝壺に仰向けに寝かされ、その口にジョウゴが差し込まれ滝の水がそこに注がれて殺害されている絵面は、かなりショックであった。思えばヒロインとして使っても不思議ではない彼女を(事実、公開時は劇場で目にするまで彼女が準主役だと思っていた)被害者にすることによって強烈なインパクトを与えていた。この手法は後にハリウッドの大ヒットホラー『スクリーム』で採用(冒頭ドリュー・バリモアが犯人の餌食になってしまう)されている。
 本作は明治から昭和初期にかけて、まだ封建的な男性優位社会の中で翻弄されていた女性の悲劇がテーマとなっているだけに女優陣の層が奥深い。前述している高橋洋子も勿論だが、その母を演じた常連・草笛光子の眼力(めぢから)がある旧家の女主も忘れられない。何と言っても犯人を演じた岸恵子は、エレガントなパリの叔母様といったイメージから180度反転して古い着物姿で登場したのには良い意味で驚かされた。やっぱり、オーラを放つ大女優は、何をやっても凄い!クライマックスで彼女が相手を間違えて自分の娘を殺してしまった事を告白する時の慟哭の演技には、胸を打たれてしまう。『犬神家の一族』の大ヒットによって二引き目のドジョウを狙って製作された本作だが、市川監督が語る「前作以上に人間の怨念を深く掘り下げたい」という言葉通り本作は“血の系譜”が、もうひとつのテーマとなっている。男の身勝手な欲望のはけ口となった女性たちが、その男の“血の系譜”によって苦しめられるのだ。こうした奥深い人間ドラマがあるからこそ何度観ても面白い。ミステリーだから犯人がわかったらもう観られない…ではダメなのだ。また、今回の金田一のよきパートナー(かつて数多くの難事件を金田一と共に解決してきたベテラン刑事磯川)を演じるのは実力・存在感共に申し分ない若山富三郎。時には凄みのある表情で殺人現場に挑んだかと思えば、密かに好意を抱いている女性の前では、からっきし意気地がなくなる。時にはコミカルな役割を担う若山は、画面に登場するだけで安心する。

「失なう物はいつも大きいんじゃ」犯人であるリカを想っている磯川警部が彼女の告白を聞き言うセリフ。シリーズ史上、一番切ない場面である。


レーベル: 東宝(株)
販売元: 東宝(株)
メーカー品番: TDV-2747D ディスク枚数:1枚(DVD1枚)
通常価格 4,536円(税込)

昭和22年(1947)
三本指の男

昭和24年(1949)
獄門島

昭和26年(1951)
八つ墓村

昭和27年(1952)
女王蜂

昭和29年(1954)
悪魔が来たりて笛を吹く
犬神家の謎悪魔は踊る
幽霊男

昭和31年(1956)
三っ首塔

昭和36年(1961)
悪魔の手毬唄

昭和50年(1975)
本陣殺人事件

昭和51年(1976)
犬神家の一族

昭和52年(1977)
悪魔の手毬唄
獄門島
八つ墓村

昭和53年(1978)
女王蜂

昭和54年(1979)
悪魔が来たりて笛を吹く
金田一耕助の冒険
病院坂の首縊りの家

昭和56年(1981)
悪霊島

平成8年(1996)
八つ墓村

平成18年(2006)
犬神家の一族




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