大広間に集まった血縁者…犬神佐兵衛が臨終の際に、遺産相続に関する遺言を聞こうとする犬神家の人々。「お父様…御遺言は?」と尋ねる長女・松子に布団の中で不敵な笑みを浮かべながら、遺言を弁護士に託した事を告げ絶命する。場面が暗転して、そのまま黒バックに太明朝系の文字で書かれた『犬神家の一族』のタイトルが画面いっぱいに現れる。そのタイトルバックに流れる曲が、大野雄二が手掛けた琴や琵琶、そして特殊撥弦楽器ダルシマのきらびやかな旋律を効果的に使ったインストルメンタル“愛のバラード”だ。和のテイストを活かしながらもドラマチックなテーマ曲はオープニングから数分で観客の心を捕らえてしまった。昭和51年11月13日…全国ロードショウ公開され、配給収入15億6000万円近くを記録した市川崑監督・角川映画の記念すべき第一歩は、全てこのオープニングタイトルから始まったと言っても良いだろう。
 オリジナル『犬神家の一族』公開時に、角川書店が映画の公開に合わせて、書籍・放送・音楽のメディアミックスを行い、“愛のバラード”は、テレビ・ラジオの大々的なCMスポットから、書店における“横溝正史フェア”のBGMに至るまで、あちこちで流れていた。それまで、映画音楽は映画の中で歌われてヒットする事はあっても、公開と同時に戦略的に発売される事はなかった。日本映画においてスクリーンミュージックという新しい音楽のジャンルが確立されたのも本作が初めてではなかろうか?弦楽器が奏でる幻想的なテーマ曲は、中盤(スタッフのクレジットから出演者のクレジットに切り替わる辺り…そう、ちょうど石坂浩二の名前が表示されるところ)に差し掛かると、一転して
哀愁のあるドラマチックなトーンに変わって行く。正直言って、映画が始まるまでポスターやテレビCMで露出されていたオドロオドロシさだけが際立った印象から、この美しいテーマ曲が流れるオープニングを観て“ただ怖いだけが売り物の映画とは違うな”と、感じた方も多いのではなかろうか?前作から30年ぶりに作られたリメイク版でも全く同じスコアのテーマ曲が使用されているのもプロデューサーの一瀬隆重がリメイクするに当たって市川崑監督に注文をした内のひとつが「テーマ曲はそのままオリジナル版を使う」であった。オープニングが始まり黒バックにお馴染みの明朝系のタイトルが映し出されると焼き直された“愛のバラード”が流れ始まる。凄いのは、オリジナル版同様オープニングの時間に合わせて曲を短くする箇所まで殆ど同じ(いきなり切られた印象のある不完全な部分めでが忠実に再現されている)であることだ。
 『犬神家の一族』で初めて映画音楽を手掛けた大野雄二は、それまでの活動の場はテレビであった。数々のヒット作“パパと呼ばないで”“水もれ甲介”を手掛けるが、彼の代表作と言えば何と言っても“ルパン三世”だろう。軽快でリズミカルな音楽はアニメファンのみならず、誰もが一度耳にするとそのメロディーを覚えてしまう程インパクトのあるものだった。そんな彼に白羽の矢を立てた角川映画は続く『人間の証明』でも大野雄二を起用し、ジョー山中が歌う“人間の証明のテーマ”は映画音楽の枠を越えて大ヒットを記録。前作『犬神家の一族』では日本古来の伝統的な楽曲をモチーフとしていたのに対し、『人間の証明』では、当時脚光を浴びていたクロスオーバーやフュージョンを積極的に取り入れ、ハーレムで育った黒人青年の悲劇を浮き彫りにしていた。この作品で曲作りをする際に、考えたのは「森村誠一の原作で、時代が現代である事と舞台が大都会であることから国際的な雰囲気を出さなくてはならない」という事だったという。ジャズ出身の大野雄二にとって、『人間の証明』はむしろ得意分野の音楽であったと見えて「比較的やり易い仕事だった」と述べている。

 実質この2作品で確固たる実力を見せつけた大野雄二は、音楽家としての注目を集め、続く『野性の証明』でもテーマ曲を書き同様に大ヒットを記録。“男は誰も皆、無口な戦士〜”のフレーズは曲と共に多くの男性たちの胸を打った。そしてこの年に松田優作主演のハードボイルドアクション『最も危険な遊戯』と『殺人遊戯』『処刑遊戯』を手掛ける等、アクション系の作品でも活躍の場を広げ始める。むしろ、後者の路線は“ルパン三世”の流れを組んでおり、リズミカルでスタイリッシュな彼の音楽は松田優作のスタイルにピッタリとはまった気がする。そして、その“ルパン三世”劇場版2作目の『ルパン三世カリオストロの城』では都会派のインストルメンタルと心に優しく届くバラードを巧みに使い分けたサウンドトラックを完成させた。本作のエンディングの清々しさを観ていると何故か『犬神家の一族』のエンディングを思い出すのは、両者を結びつける大野雄二の書いた優しい音色であるから…と、いうことは間違いない。


大野 雄二(おおの ゆうじ)YUJI OONO 1941年5月30日 静岡県熱海市に生まれる。
 慶應義塾高等学校時代、同級生だった元NHKアナウンサーの明石勇(クラリネット担当)らとジュニア・ライト・ミュージックを結成。その後、慶應義塾大学法学部に入学。大学在学中は名門ビッグバンド「ライトミュージックソサイエティ」に所属、鈴木"コルゲン"宏昌、佐藤允彦らと共に「慶應のピアノ三羽烏」と呼ばれた。卒業後、藤家虹二、白木秀雄(大野のアルバム・デビューは、東芝から発売された白木秀雄クインテットでのLP『HIDEO SHIRAKI MEETS YUZO KAYAMA』)のバックを経て、自らのバンドを結成する。1970年代から、テレビドラマや映画の劇伴やCM音楽を手がけ始めるが、その頃と時期を同じくして、当時は「ジャズロック」「クロスオーバー」の名称で呼ばれていたフュージョンのスタイルで楽曲を発表し始める。
 松木恒秀(G)、長岡道夫(Bass/SHOGUNのミッチー長岡)、数原晋(Tp)、渡嘉敷祐一(Dr)、市原康(Dr)などと結成した「ユー&エクスプロージョン・バンド」で手がけた作品には“ルパン三世”などのテレビアニメ、“大追跡”などのテレビドラマ、映画『最も危険な遊戯』に始まる松田優作主演の遊戯シリーズの劇伴がある。また、『犬神家の一族』に始まる初期角川映画3作品、テレビアニメ『キャプテンフューチャー』も、バンドのクレジットこそ異なるが、メンバーは「ユー&エクスプロージョン・バンド」のレギュラー陣である。なお「ユー&エクスプロージョン・バンド」は、制作作品に合わせて大野がセクションごとにミュージシャンをチョイスしており、恒久的なメンバーはいない。大野雄二の音楽は、当時日本でも最高水準にあったミュージシャンを惜しげもなく登用し、自身の鍵盤(主にフェンダー・ローズによるものだったが)を加えたバンド編成のリズムセクションに、ジャズ出身ならではのフォーンセクション、ストリングセクションのアレンジを加えるという、70年代日本音楽の総力戦とも言えるものであった。荒井由実や山下達郎のような、従来の日本のフォークにない複雑な調性や和音、リズムを導入した音楽にポピュラリティを与えたものとして、大野の功績は甚大なものがある。劇伴の世界で名をはせた大野であるが、しばたはつみ・弘田三枝子・ソニア・ローザといった歌手のプロデュースも手がけ、成功を収めている。
 90年代半ばから、作曲活動は“ルパン三世”シリーズに絞り、俵山昌之(Bass)、江藤良人(Dr)らと共に大野雄二トリオとして、また、2006年には俵山・江藤ほか若手ミュージシャン3名を含む計6名でYuji Ohno & Lupintic Fiveを結成し、都内を中心にライブ活動を行っている。2006年にリメイクされた『犬神家の一族』は約10年ぶりの映画音楽復帰であった。
(Wikipediaより一部抜粋)
(大野雄二公式HP http://www.vap.co.jp/ohno/index.html

和51年(1976)
犬神家の一族
さらば夏の光よ
おとうと

昭和52年(1977)
人間の証明

昭和53年(1978)
最も危険な遊戯
野性の証明
殺人遊戯
ルパン三世
 ルパンVS複製人間

昭和54年(1979)
乱れからくり
黄金の犬
処刑遊戯
ルパン三世
 カリオストロの城

昭和55年(1980)
おさな妻

昭和57年(1982)
この子の七つのお祝に

昭和60年(1985)
ルパン三世
 バビロンの黄金伝説

昭和62年(1987)
あいつに恋して

昭和64年(1989)
悲しきヒットマン

平成18年(2006)
犬神家の一族




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