タンポポ
これはラーメンウエスタンだ!

1985年 カラー ビスタビジョンサイズ 115min 伊丹プロダクション
製作 滝村和男、杉原貞雄 監督、脚本 伊丹十三 撮影 田村正毅 音楽 村井邦彦 美術 木村威夫 
録音 橋本文雄 照明 井上幸男 編集 鈴木晄 スチール 目黒祐司
出演 山崎努、宮本信子、役所広司、渡辺謙、桜金造、安岡力也、加藤嘉、大滝秀治、黒田福美
長江英和、加藤善博、深見博、松本明子、大友柳太朗、池内万平、高橋長英、洞口依子、井川比佐志


 前作『お葬式』でその年の主要な映画賞をさらい大成功を収めた伊丹十三監督が放つ第二弾。食をテーマとして、行きずりのドライバーが、さびれたラーメン屋を経営する母子を助けて町一番のラーメン屋にするまでを描く「ラーメンウエスタン」である。脚本は今回も伊丹十三が手掛け、完成に至るまでに様々なディティールを集めまくったという。縦軸となるストーリーに、食にまつわるエピソードを絡めて展開していく。かねてより食べ物の映画を作りたかった伊丹監督は、100シーン中、食べ物が出てくるシーンは60シーン、登場する料理は百種類を超えるなど、やりたかった全てを映像化している。撮影は伊丹監督が『ションベンライダー』『さらば愛しき大地』で敬愛する田村正 が担当。美術には鈴木清順監督の右腕として活躍する木村威夫、照明はベテラン井上幸男という錚々たるメンバーが顔を揃えた。主演は、『お葬式』に続いて山崎努と伊丹夫人の宮本信子が今回も息のあったコンビを披露している。また、前作に引き続き、大滝秀治や津川雅彦が出演する他、ベテラン加藤喜や、本作が遺作となる大友柳太郎が脇を固めている。主要な役だけでも前作を上回るだけにキャスティングにも力が入っており、まだ新人に近かった役所広司と渡辺謙が重要な役を演じている。


  雨の降る夜、タンクローリーの運転手、ゴロー(山崎努)とガン(渡辺謙)は、ふらりと来々軒というさびれたラーメン屋に入った。店内には、ピスケンという図体の大きい男とその子分達がいてゴローと乱闘になる。ケガをしたゴローは、店の女主人タンポポ(宮本信子)に介抱された。彼女は夫亡き後、ターボーというひとり息子を抱えて店を切盛りしている。ゴローとガンのラーメンの味が今一つの言葉に、タンポポは二人の弟子にしてくれと頼み込む。そして、他の店の視察と特訓が始まった。タンポポは他の店のスープの味を盗んだりするが、なかなかうまくいかない。ゴローはそんな彼女を、食通の乞食集団と一緒にいるセンセイ(加藤嘉)という人物に会わせた。“来々軒”はゴローの提案で、“タンポポ”と名を替えることになった。ある日、ゴロー、タンポポ、ガン、センセイの四人は、そば屋で餅を喉につまらせた老人(大滝秀治)を救けた。老人は富豪で、彼らは御礼にとスッポン料理と老人の運転手、ショーヘイが作ったラーメンをごちそうになる。ラーメンの味は抜群で、ショーヘイも“タンポポ”を町一番の店にする協力者となった。ある日、ゴローはピスケンに声をかけられ、一対一で勝負した後、ピスケンも彼らの仲間に加わり、店の内装を担当することになった。ゴローとタンポポは互いに魅かれあうものを感じていた。やがて、タンポポの努力が実り、ゴロー達が彼女の作ったラーメンを「この味だ」という日が来た。店の改装も終わり、“タンポポ”にはお客が詰めかけ、行列が続いた。ゴローはタンクローリーに乗ってガンと共に去っていく。


 初監督作の『お葬式』が大ヒットを記録して、次回作に期待が高まる伊丹十三が次に選んだテーマがラーメン。誰もが勝手に葬式で来たから次は結婚式じゃないのか?なんて予想していたのが見事に裏切られ、これは実に嬉しい誤算となった。まるで、ランチキ騒ぎの“勝手にシンドバッド”の次にバラードの“いとしのエリー”を持ってきたサザンオールスターズのようでもある。母一人子一人でラーメン屋を営んでいる宮本信子に、あれこれと繁盛店にする手伝いをするのが山崎務演じる流れ者風のトラック運転手・ゴローだ。タイトルである『タンポポ』は宮本信子演じるヒロインの名前。彼女にほのかな恋心も抱きつつ、主人公が母子を助けて去っていくのは西部劇『シェーン』のスタイル。本作のキャッチコピーは正にマカロニならぬ“ラーメンウェスタン”として売り出していた。更に、美味いラーメンに目がないひとクセもふたクセもある者達が集まってタンポポの助っ人になるのが『荒野の七人』のようで面白い。中でも、加藤喜演じる公園で寝起きしているホームレスの重鎮が、実はラーメンや食の達人であるというのがカッコ良い。意外と東京中のレストランのゴミを漁っている彼らの方がよっぽどグルメなのだ…という発想は、「なるほど〜」と納得。ラーメン強者たちが、各々の強みを活かし日本一のラーメンを作り上げるというユニークな着眼点に、前作『お葬式』が単なる幸運ではなかったと証明している。しかし、伊丹監督の上手いところは、それだけではない。美味いラーメンを作り上げる本筋の合間に、物語とは直接関係ない様々な食に関するシーンが挿入されているところだ。中でも秀逸なのは会社のお偉方が集まるフランス料理のレストランで何を頼めばいいか分からない役員達を後目に、一番下っ端の平社員が的確な注文をして、役員全員が赤っ恥を掻くところだ。また、瀕死の妻が忌の際に夫と子供達のために焼き飯を作ってあげて皆が美味しそうに食べるのを満足気に見届け、そのまま逝ってしまうエピソードは、食べる側ではなく作る側の幸せを表現した素晴らしいシーンであった。
 今まで国内外でたくさんの食べ物をテーマにした映画が作られてきたが、食べ物を美味しそうに見せる技術は並々ならぬ体力がいると思う。ライトの加減ひとつで料理が不味そうに映る。そんな失敗例は数知れない。いっそのこと、『夫婦善哉』のようにモノクロならば色を気にする事ないのだが。さて、本作に登場する数々の料理は、伊丹監督のこだわりが充分過ぎるほど伝わってくる美味そうなものばかりだ。特に、浮浪者が夜中のレストランの厨房に忍び込んで、伊丹監督直伝と言われるふわふわなオムライスをササッと作るシーンは、思わずお腹が鳴ってしまったほど。『お葬式』を撮り終えた伊丹監督が山崎務に「僕がやりたい映画が4つある。ひとつは食べ物の話。」と語っていたそうだが、それが『タンポポ』だったわけだ。実際の撮影時にはセットの脇に調理場を作って、フードコーディネーターに色々な料理(とりわけラーメン)を作らせていたというのだから、明らかに本作の主役は俳優ではなく食材だったのは確かだ。この映画を観た後、ラーメン屋に寄った人たちは、いつもと違う視線を店員さんに注いで、さぞかしやりにくかったに違いない。

流行らないラーメン店主タンポポにトラック運転手のゴローがアドバイスする。「ここに致命的な欠陥がある!熱くないラーメンはラーメンではない!」…至言である。


レーベル: ジェネオン エンタテインメント(株) 
販売元: ジェネオン エンタテインメント(株)
メーカー品番:GNBD-1062 ディスク枚数:1枚(DVD1枚)
通常価格 4,442円 (税込)

昭和59年(1984)
お葬式

昭和60年(1985)
タンポポ

昭和62年(1987)
マルサの女

昭和63年(1988)
マルサの女2

平成2年(1990)
あげまん

平成4年(1992)
ミンボーの女

平成5年(1993)
大病人

平成7年(1995)
静かな生活

平成8年(1996)
スーパーの女

平成9年(1997)
マルタイの女




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