ミンボーの女
これはイタミ式ヤクザ映画だ!
1992年 カラー ビスタビジョン 123min ITAMI FILMS INC
製作 玉置泰 プロデューサー 細越省吾 監督、脚本 伊丹十三 撮影 前田米造 音楽 本多俊之
美術 中村州志 録音 小野寺修 照明 矢部一男 編集 鈴木晄 衣裳 小合恵美子、斉藤昌美、下石嗣之
出演 宮本信子、宝田明、大地康雄、村田雄浩、大滝秀治、三谷昇、結城美栄子、関弘子、鶴田忍
三宅裕司、伊東四朗、中尾彬、小松方正、我王銀次、柳葉敏郎、田中明夫、ガッツ石松、不破万作
上田耕一、睦五郎、渡辺哲、矢崎滋、矢野宣、津川雅彦、柳生博、きたろう
ヤクザに狙われたホテルが、民事介入暴力(ミンボー)専門の弁護士と共に、戦いを挑み撃退するまでを描く伊丹十三監督“女シリーズ”。前半をヤクザに対する間違った対応、後半を正しい対応という構成にして「ミンボー対策マニュアル」となっている。伊丹監督は脚本執筆のための取材を半年かけて、あらゆる方面から資料を集めた。撮影は、『マルサの女』を始めとする伊丹映画常連の前田米造、照明に矢部一男、美術に中村州志らが集結。強さとテンポの良さを持った新しい映画作りに挑んでいる。舞台となるホテルを探して全世界駆け巡った末に見つけ出したのが完成間もないハウステンボスを使って撮影された。主人公の弁護士には、伊丹映画になくてはならない宮本信子、ヤクザ担当となったホテルマンに大地康夫と村田雄浩といった個性豊かな面々を配している。また、ホテルの支配人にはベテラン宝田明を迎えて、その年の主要な賞を独占してしまった。対するヤクザ側には、中尾彬、伊東四郎に加え、我王銀次が本物と見間違えるような迫力溢れる演技を披露する。本作の公開直前に駐車場で伊丹監督が暴力団組員に刃物で斬りつけられるという映画を地で行く事件が発生し、それにも屈せず厳戒態勢で公開を行った事でも話題となった。
東京の名門ホテル、ロイヤルコートではサミットの開催を控えていたが、その開催権をライバルホテルに奪われてしまう。理由は、ヤクザの逗留を許しているという危機管理の甘さだった。総支配人(宝田明)はヤクザを排除するため、経理マンの鈴木(大地康雄)とベルボーイの若杉(村田雄浩)をヤクザ担当に任命する。2人はヤクザにおびえながらも排除に取り掛かるが、彼らは手もなくヤクザの術中におちいり、金をむしりとられてしまう。そんな彼らの不適切な対応は逆にヤクザを刺激する結果となり、事態はさらに悪化していく一方であった。孤独な戦いを強いられた2人の前に現れたミンボー専門の女弁護士・井上まひる(宮本信子)。女でありながらもミンボーのプロであるまひるは、知識と経験と胆力によってヤクザからの脅しやたかりを次々にさばいていく。そんなまひるの指導もあって鈴木と若杉は次第にヤクザに対しての対応を心得ていくのであった。ある日、入内島(伊東四朗)というヤクザ組織の中心人物が総支配人をワナにはめ、ホテルそのものに揺さぶりをかけてきた。戦えばスキャンダル、降伏すれば多額の金をゆすり取られてしまう。それを知ったまひるは、ホテルの会長に企業全体としての決断を迫り、ホテル側も一丸となってヤクザと闘うことを決意する。そんな時、まひるはヤクザの鉄砲玉に刺されてしまう。まひるがいなくなったのを幸いにホテルに押しかけてくるヤクザ。だが企業全体で暴力団に立ち向かう体質に生まれ変わったロイヤルホテルは、それまでの経験を活かして見事、ヤクザを撃退するのだった。
前作『マルサの女』の大ヒットを受けて送り出す“女”シリーズ第二弾。前作が“マルサ(=国税局)”という社会現象まで引き起こしたのに対して、本作でも“ミンボー(=民事暴力介入)”という単語を世間に知らしめ、更に伊丹監督本人が、「映画を観て逆上した」という本物の暴力団員に刺されるという映画が現実のものとなる事件が起こるなど話題には事欠かなかった。そして、その事件がきっかけで暴力団取り締まり法が見直されるなど、ある意味、国を動かしてしまったのである。実際、それだけのパワーがこの映画にはある。筆者は、本作を伊丹監督の最高傑作だと思うし、徹底的に逆攻撃されるヤクザの姿に本物の暴力団員の方々が怒り心頭に達したのも無理はない。反対に、いつも暴力団の姿に怯え、不快な思いをした一般人にとって、どれほど気持ち良かった事か…。一流ホテルをカモに選んだヤクザ達が、横の繋がりを最大限に活かし、あの手この手で脅したりすかしたり仕掛けてくる。その手口たるや、「えっ?今日びのヤクザって、こんなみっともない事までするの?」と、目を疑うものばかり…。ホテルの部屋にワザと鞄を忘れて、自分の名を語った別の人間に引き取りに来させては、「鞄がホテルの不注意で無くなった!ホテル責任取れ!」と大騒ぎする。
前半は、とにかく村田雄浩と大地康雄(結構強面ながら情けない役が多いが本作は更にマザコンが加わる)演じるホテルの暴力団担当者がとことんイジメぬかれる姿が描かれる。あまりのリアルさに観ている此方側もいい加減、怒りが頂点に達したところでミンボーのプロが登場する。このタイミングも絶妙で、女ながらも怯む事なくヤクザと対等に渡り合う井上まひる弁護士を宮本信子が『ミンボーの女』に続き、またも好演。前半がヤクザの手口を見せるレクチャーだとしたら後半は、その対処法のハウトゥもの。なる程…相手は、警察を恐れて暴力を振るえないんだ〜というのを本作で学んだ(とは言っても、やっぱり怖いけど…)。映画の中で二人のホテルマンが成長していく過程は、つまりは我々観客もミンボーに関して学び、成長しているわけで、こういうのを観客参加型映画とでも言うのだろうか。
本作で重要なのは、ヤクザをどこまで怖く描けるか…ここに尽きるのだが、ヤクザを演じた俳優陣のスゴイ事。何人かは本物だろーって思う程のヤクザ顔を集めたキャスティング担当者は偉い!伊東四郎もインテリ風のヤクザの親分として貫禄は充分だし、中尾彬に至っては何も言うことはない。カメラに向かって罵声と怒号を浴びせる彼らの顔が段々と可愛らしく見えてくるのが不思議だ。中でも若頭を演じた我王銀次という聞きなれなかった俳優の存在感…スクリーンから今にも噛みついて来そうな迫力には恐れ入った。これらの描写が本物の逆鱗に触れたのかも知れない。決定的に不利だったホテルが次第に逆転に転じ始めてから映画のリズムは俄然良くなる。焦り始めるヤクザとの頭脳戦となるクライマックスでは、あえて井上弁護士不在の中、二人のホテルマンと宝田明演じる支配人(東宝スターだった宝田明の力演を見逃すな!)がそれまで学んで来たノウハウを駆使して見事に大挙して押し掛けてきたヤクザ達を撃退…どころか一掃してしまうのが心憎い演出だ。
「懲役っていくら位かかると思う?弁護士料、借金、留守家族の生活費…年に二千万かかるのよ」弁護士・井上まひるがヤクザを怖がらない理由としてあげる一例。民間人に暴力をふるいたくても出来ないのだ。
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