「伊丹万作の息子なんだもん、一本でいから、ね?一本で。映画を撮ってもらいたいの!」女優・妻・宮本信子のこの言葉がなかったら伊丹十三は映画を監督していたであろうか…?伊丹十三監督の妻であり女優―全ての伊丹映画に出演した宮本信子は、伊丹十三が監督して彼女を主役に起用するまでは、正直言って脇役のイメージしかなかった。どちらかというとインテリ風の冷たい女医や弁護士といった役回りの名脇役…。観客は、宮本信子という女優は知りつつも主役を演じた彼女を観るのは限り無く初めてだった。しかし、全国的に大ヒットした『お葬式』の主演女優となって彼女の女優としての人生は大きく変わる事となる。『お葬式』を観終わった後の印象は“へぇ〜こんな表情を持っている人だったんだ”で、ある。夫役の山崎務が愛人と屋外セックスに耽っている間、無表情で軒先にある丸太のブランコを揺らす…彼女の視線の先には何が写っていたのだろうか…。このシーンだけで宮本信子という女優の演技の上手さが充分理解できる。伊丹監督が一番最初に決めたキャスティングが彼女だったというのは夫婦のひいき目からではない事がよく分かる。彼女の父の葬儀が原案となっているから彼女の役はある意味、彼女自身なのだが…これについては「モデルは自分自身だが、主人公は別の人間として演じないと失敗すると思っていたので、かなり複雑だった」とパンフレットで述べている。夫が監督である事については「緊張の仕方が心地良く、楽しい仕事だった」という。とは言うものの演技に関する指示は厳しいと定評のある伊丹監督…「次から次へと飛んでくる厳しい注文はすごかった」と後日語っているが、監督からの要求水準が高いゆえに、くやしさのあまり陰で泣いた事もあったという。
しかし、この監督の要望に応えた宮本信子は、伊丹監督作品10作に加えて、伊丹プロデュース作品に立て続けに主演を果たす事になる。忘れられないのは、『タンポポ』の寂れたラーメン屋の女主人。本作では、強くて可愛い女性像を披露。前作では見られなかった無邪気さが前面に押し出されていた。また、本作で素晴らしいのは、10人以上のお客が細かく注文するラーメンの種類を復唱するのをワンカットで行ったシーンだ。ここがこの映画最大の見せ場だったと思う。この作品から、宮本信子可愛い女路線が炸裂し始める。『マルサの女』ではそばかすメイクに寝癖のついたオカッパ頭の“ブス可愛い”キャラで一気に観客のハートを掴んでしまった。しかも、税務署員からマルサに配属の辞令が下りた時に「あははは…うれしい…あははは」と走り回る演技を見て、「この人は、何て可愛いんだろう」と、つい顔がほころんでしまった記憶がある。勿論、可愛いだけじゃない。脱税者を追い込む時に「本当の事話すなら今だよ。社長さん」と詰め寄る姿は歌舞伎役者が大見得を切るかのような力強さがあった。『あげまん』で演じた男の運を上げる芸者ナヨコは、あげまんの持ち主という事で政財界大物たちに翻弄されるのだが、最後には愛する男のために10億ものゲンナマを抱えて登場する姿は圧巻だった。驚くのは彼女が10代を演じるシーン、さすがに30を過ぎての10代は無理があると思っていたのだが、これが何とも可愛いのだ。この時初めて表情ひとつであらゆる年代を演じきる事が出来る女優ってすごいなぁ…と感動してしまった。
大体が芯の通った強い女性が多い宮本信子だが、『ミンボーの女』ではヤクザ相手に一歩も引かない女弁護士を好演。次々と強面のヤクザをぐうの音も言わさない程言い負かしてしまうのが実に気持ちが良かった。『スーパーの女』でも保守的な従業員たち相手に理想的なスーパーを作り上げる強い主婦を熱演。本作でも伊丹監督の粘りは健在で、共演の津川雅彦と何テイクもやり直し、彼女が演じた花子を観て、別にプロフェッショナルじゃなくたって強くなれるのだと、全国の主婦層から多大な支持を受けた。よく考えたら、この主人公はただの買い物上手なおばさんだ。本人も初めて台本を手にした時、どう演じようか迷ったという。それでも、台本を読んで野球帽をかぶろうと思ったヒラメキはやはり凄い。しかし、強さと言えば、伊丹十三が製作総指揮を行ったホラー映画『スイートホーム』の主人公に勝る者はないだろう。なんたって、子供を失って怨霊と化した悪霊と対決するのだから。この映画は伊丹十三も俳優として出演しており、久々の夫婦共演だった。残念ながら伊丹本人は悪霊に負けてスクリーミング・マッドジョージのSFXによってドロドロに溶かされてしまうのだが…。
しかし、これら数々の名演技の影で、現場での伊丹監督が彼女に対して出した注文は過酷を極めたという。「監督が出す要求の水準は高く、押しつぶされそうだった」と後に宮本本人が語っている。勿論、それらは伊丹監督が宮本をすごい女優と認めているからであり、それが証拠に彼女は全ての伊丹映画において、“すごい女優”である事を我々にインプリンティングしてしまった。生前、伊丹監督は彼女について次のように述べていた。「ボクが“宮本信子は日本一の女優”と云うと、皆冗談だと思って笑うんだよ。頭にくるよ。本当のことなのに。」監督である夫が女優である妻に対して送る最高の賛辞ではないか。最後の伊丹映画となった『マルタイの女』では、まるでハリウッドの大スター、グロリア・スワンソンを彷彿とさせるような役作りで、エンドロールが流れた途端に拍手を贈りたくなった。
伊丹監督の死後、しばらく映画界から距離を置いていた宮本だったが数本のカメオ出演を経て『眉山』で、久しぶりに主演級で我々の前に姿を見せてくれた。伊丹映画に出ていた頃の気っぷのいい小料理屋の女将っぷりも堂に入っており、嬉しくなってしまった。そう、自分で勝手に「これは『あげまん』ナヨコの後日談だ!」等と世界を作り上げて、一人劇場でほくそ笑んでいた。元々、芸者をやりたがっていた宮本信子にとって、この2作品は違った思い入れがあっただろう。
宮本 信子(みやもと のぶこ)NOBUKO MIYAMOTO 本名:池内 信子
1945年3月27日。北海道小樽市生まれ。愛知県名古屋市育ち。
1963年に愛知淑徳高等学校卒業後、文学座附属演劇研究所に入所。1964年劇団青芸にて別役実作『三日月の影』で初舞台を踏む。1967年に木村功が中心メンバーの劇団青俳に入団し、木村光一作演出『地の群れ』今井正演出『神通川』に出演する。舞台で活躍後は1972年よりフリーとなる。1990年9月より東宝芸能に所属している。1970年代はTVドラマに脇役として多数出演。映画での共演が縁で1969年伊丹十三と結婚し、子育てが一段落した1984年に夫がメガホンを取った『お葬式』に主演し話題となる。以後の伊丹作品に全て出演し、作品ごとに美人役からおばさん役までをこなす演技力で、多彩で多様なキャラクターを好演。1997年の伊丹との死別を機に、近年はジャズシンガーとしても活動。2005年2月にライヴ・アルバム『Jazz in Tokyo Live@Toranomon Nobuko Miyamoto』をリリースした。伊丹の死を機に映画への出演を控えていたが(映画館に入るのも恐くなったという)、2007年に『眉山-びざん-』で実に10年ぶりの映画主演を果たす。日本舞踊・三味線・長唄・ジャズダンスなどの経験も豊富で、『あげまん』や『マルタイの女』でその経験が活かされている 。(Wikipediaより一部抜粋)
(宮本信子公式HP http://www.miyamoto-nobuko.jp/index.html)
|