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『腑抜けども、悲しみの愛を見せろ』を観た時、スピーディーなカット割りやメリハリの利いたシャープな映像とユニークな表現手法があまりにも面白く、今まで聞いた事が無かった吉田大八という名前をいっぺんで覚えてしまった。パンフレットを読むとCMディレクターとして18年のキャリアを積んで本作が初の長編映画…という事で更に驚いてしまった。既に1本の短篇映画(2002年製作の『男の子はみんな飛行機が好き』という15分の短篇が実に面白く、これからヤクザの大ボスと対決しようとする三浦友和演じる主人公がラジコン飛行機を無心に飛ばすシーンが印象に残る名作だ)を作っていた吉田監督。さて、長編映画デビュー作は無事にクリアしたものの次回作はどうなんだろう…今までもCMやPV業界から映画監督としてデビューしながらも2作目以降、とんとお見かけしなくなった方々も多い中、重要なのは2作目という印象を筆者は持ち続けていたからだ。ところが、そんな懸念は無意味で、続く『クヒオ大佐』『パーマネント野ばら』と、吉田監督が手掛けた作品全てが公開年の日本映画でベスト5に入る素晴らしい作品となった。(あくまで筆者個人の独断ランキングだが…筆者は吉田監督と相性が良いらしい)じゃあ、吉田監督作品の何に惹かれるのかというと、登場する女性たちが滑稽なくらいにジタバタ生きていて、そのジタバタぶりが実に潔いから。可愛い少女も美しい淑女も年輩のオバハンも分け隔てなくカッコ悪い。『腑抜けども、悲しみの愛を見せろ』で佐藤江梨子扮する澄伽も『クヒオ大佐』で松雪泰子扮する弁当屋の女社長も『パーマネント野ばら』で小池栄子と池脇千鶴扮する主人公の親友も、皆、愛らしい程にカッコ悪い。でも前を向いて真っ直ぐに立っている。原作にはない彼女たちの生態をシニカルな視点で表現する吉田監督は、ある意味女性映画のエキスパートかも…とは言い過ぎだろうか?女性の持つダークな部分を赤裸々に描きながらも(病的な…という表現が正しいか)愛おしくさえ思わせるセンスに感服させられる。こうして、全作品を今一度、観返してみると、ある法則がある事に気付く。(多分、偶然だろうと思われるが…)どの作品も主要な女性キャラクターは三人(『パーマネント野ばら』の夏木マリが演じるお母さんは別として)いるのだ。『腑抜けども、悲しみの愛を見せろ』は佐藤江梨子・永作博美・佐津川愛美、『クヒオ大佐』は松雪泰子・満島ひかり・中村優子、そして『パーマネント野ばら』では菅野美穂・小池栄子・池脇千鶴である。その三人が正に読んで字の如くキレイに三者三様のキャラを有しており、見事な均整を保っているのだ。一人は優等生、一人は天然、もう一人は頭が切れるクールなタイプとある意味、女性の縮図みたいな世界観を吉田監督は構築するのが得意らしい。ここに男を交じらせるのは物語に必要不可欠な人物ばかりで『クヒオ大佐』に至っては主人公のクヒオ大佐は、騙される女性たちの人生を紹介するストーリーテラーのようにも感じられる。『腑抜けども、悲しみの愛を見せろ』のインタビューで「物語を進めるためだけに登場する人は作らないようにした」と述べていたが正にその通りだと思った。もしかすると、物語の本筋を真っ当に進まなくてはならないクヒオ大佐のような主人公に比べて脇キャラの方が自由度が増すのかも知れない。脚本も書ける吉田監督だからこそ脇キャラをデフォルメして自由に動かしては作品に厚みを持たせ、如いては主人公のキャラクターに深みを与える事に一役買っているように思えるのだ。
本谷有希子の戯曲に惚れ込み自ら精力的に動いたという事からも女性のしたたかさに面白みを感じられる監督である事が何となく分かる。デビュー作『腑抜けども、悲しみの愛を見せろ』では、史上最大のKY女・澄伽が妹・清深と姉妹バトルを繰り広げる原作に兄嫁・待子という幸せ原理主義の強烈キャラを配する事で面白さを倍増させていた。カンヌでは主人公よりも永作博美が演じた些細な幸せ(本当は幸せでも何でも無いのだが)にしがみつく律子の方が人気だったそうだ。興味深いのは吉田監督の待子について「待子は“幸せになりたい”という原理に従って動く怪物」と分析しているところ。気持ちの悪い手作り人形を自慢気に飾る姿に恐ろしさすら感じた。『クヒオ大佐』は堺雅人演じる詐欺師が主人公だが、その男の背景よりも吉田監督は、騙される女たちの方に重きを置いている。それは松雪泰子演じるコツコツ大きくしてきた弁当屋の女社長だったり、満島ひかり演じるつまらない(と思って)毎日を悶々と過ごしている郊外の博物館職員だったりする。また、二人ほど深く掘り下げていないが中村優子演じる銀座のクラブNo1ホステスのしたたかな人生が会話の中から垣間見えるのが面白い。それまでの2作は原作に惚れ込んだ吉田監督自身が映画化を企画したものだが、3作目の『パーマネント野ばら』は、他者からオファーをされた初めての作品だ。西原理恵子のマンガに登場する人間たちに命を吹き込むには吉田監督が適任だと判断したのだろうが、その判断が正しかった事は完品を観れば明らかだ。ところが、これだけ前2作品で女性の心理を赤裸々に表現していながら、吉田監督は本作において西原理恵子の作り上げた物語に自分がどう入っていくべきか試行錯誤の中で撮影に挑んだという。前2作の女性たちは吉田監督が真正面から掘り下げたのではなく彼の側に引き寄せて作り出したキャラクターだったのに対し、本作の主人公なおこは派手に動き回らず地味なヒロインである事が大きな課題として吉田監督の前に立ちはだかったのだ。原作で登場する“つい使いたくなる”鋭い言葉を敢えて封印する事を選び、脚本家の奥寺佐渡子と共に強すぎる言葉を削っていく作業を始めたと語っている。頭の中に生まれたイメージを並べ構成を組み立てるのに苦労はしなかったという吉田監督。原作は主人公のモノローグで構成されていたが、吉田監督は美容室に集まるオバハンたちの会話から周辺の状況を理解出来るようにして、後半からグイグイ主人公の内面へ入って行きクライマックスへで全てが昇華する…完成した作品を観るとファンが求めている西原ワールドのイメージを崩さず、映画ならではの『パーマネント野ばら』に仕上げていた。吉田監督は、かつて『腑抜けども、悲しみの愛を見せろ』のインタビューで「人間以上に面白いものはない。僕が興味があるのは人間なのです」とコメントされていたのが合点が行く程。不器用な人生を送る全ての登場人物(セリフが一言程度の脇キャラに至るまで)が面白く、3作品共に観終わった後、人間っていいなぁ〜と思える映画こそが“吉田大八監督ブランド”と言えるのではないだろうか。
吉田 大八(よしだ だいはち)DAIHACHI YOSHIDA 1963年〜 鹿児島県出身 早稲田大学第一文学部卒業。1987年にCM制作会社のティー・ワイ・オーに入社。以降、CMディレクターとして数百本にも及ぶテレビCMを手掛け、様々な広告賞を受賞している他、海外での評価も高くカンヌ、IBA、CLIO、NY、アジアパシフィック等で多くの受賞歴を持っている。主なCM作品として「ツムラ バスクリンソフレ」、「旭化成ラップ&ジップ」、「明治乳業 おいしい牛乳」のほか、「久光製薬サロンパス(唐沢寿明出演)」や「JAL(三谷幸喜出演)」等がある。テレビCM以外には、PVやテレビドラマ、ショートムービーなども演出しており、2007年には、初の長編劇場用映画『腑抜けども、悲しみの愛を見せろ』を監督し、同年の第60回カンヌ国際映画祭の批評家週間部門に招待され話題となる。 (Wikipediaより一部抜粋)
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