父と暮せば
広島原爆を背景に描く、心温まる父と娘の物語。
2001年 カラー ビスタサイズ100min バンダイビジュアル、日本スカイウェイ、パル企画他
製作 石川富康、川城和実、張江肇、金澤龍一郎、松本洋一、鈴木ワタル 監督、脚本 黒木和雄
脚本 池田眞也 原作 井上ひさし 撮影 鈴木達夫 音楽 松村禎三 美術 木村威夫、安宅紀史
録音 久保田幸雄 照明 三上日出志 編集 奥原好幸
出演 宮沢りえ、原田芳雄、浅野忠信
原爆投下から3年後の広島を舞台に、生き残ったことへの負い目に苦しみながら生きている娘と、そんな彼女の前に幽霊となって現れた父との心の交流を描いた人間ドラマ。監督は『TOMORROW 明日』『美しい夏 キリシマ』の黒木和雄。本作によって、戦争と庶民の日常を痛切に語ってきた“戦争レクイエム三部作”が完結となる。井上ひさしによる同名戯曲を基に、黒木監督と池田眞也が共同で脚色。撮影監督に『スパイ・ゾルゲ』の鈴木達夫があたっている。舞台となる廃墟と化した主人公の住む旅館のデザインを木村威夫が手掛け、オリジナルとはひと味違った世界感を見事に作り上げた。主演は、『たそがれ清兵衛』の宮沢りえと黒木監督作品『スリ』や『竜馬暗殺』など常連のベテラン原田芳雄。宮沢は、鏡の前で子供たちに聞かせる700文字にもおよぶ長い昔話を一気に語る等の熱演を見せている。また、舞台では名前しか出て来なかった青年・木下を浅野忠信が演じている。第17回日刊スポーツ映画大賞監督賞受賞を始めとする数々の賞を受賞し、話題となった。
1948年夏、広島。原爆によって目の前で父・竹造(原田芳雄)を亡くした美津江(宮沢りえ)は、自分だけが生き残ったことに負い目を感じ、幸せになることを拒絶しながら生きている。そんな彼女の前に、竹造が幽霊となって現れた。実は、美津江が青年・木下(浅野忠信)に秘かな想いを寄せていることを知る竹造は、ふたりの恋を成就させるべく、あの手この手を使って娘の心を開かせようとするのだが、彼女は頑なにそれを拒み続けるのだった。しかし、やがて美津江は知るのである。瓦礫の下から助け出そうとする自分を、なんとしても逃がそうとした父の想いを。自分の分まで生きて、広島であったことを後世に伝えて欲しいという父の切なる願いを。こうして、美津江は生きる希望を取り戻し、それを見届けた竹造は再びあの世へと帰って行くのだった。
黒木和男が監督した戦争レクイエム三部作と称される作品は、戦争を直接的に描くのではなく、あえて外れたところ(時間軸だったり、場所であったり)に視点を置くことで、犠牲者の沈痛な叫びを浮き出させている。つまり、混乱の真っ只中で大声をあげるよりも、平和が戻り静まったところで叫んだ方が、その声は何者にも邪魔されることなく観る者の耳に届く事がある。正に、本作『父と暮らせば』は、原爆が落とされて3年後…少しずつ焼け跡から、人々が自分の暮らしを取り戻しかけてきた頃の広島が舞台となっている。一見、人々は普通に生活を送っているように思えるのだが、一瞬にして家族や友人を失った心の傷は、3年程度で癒えるはずがない。生き残った宮沢りえ演じる主人公・美津江が半壊した家で独りで暮らしている。彼女は、自分一人が生き残った事に負い目を感じており、人を好きになる感情を押し殺し、幸せを頑なに拒み続けている。そんな娘の様子を心配して出て来る原田芳雄演じる父の幽霊が、あれこれと娘にお節介を焼く。最初は、娘が心配で出て来た父の幽霊とコミカルな掛け合いが続くのだが、娘の持つ“死者に対する引け目と負い目”が明らかになるに連れて、作品のトーンが変わってくる。父親が幽霊となって現れたいきさつを語るシーンがあるのだが、そこで…「ひょっとしたら、この父の幽霊は彼女自身が作り出したもう一人の肯定する側の彼女なのではないか?」と思える。過去の呪縛から逃れられない彼女自身が、新しい幸せに向かって歩き出そうとする時の言い訳として、父の姿で出現したとは考えられないだろうか?(実際、原作者の井上ひさしは全く同様の種明かしをされていた)過去の忌まわしい記憶からの決別を黒木監督らしい優しい視点で描く大人の寓話と思って観ていると、痛烈な一撃を浴びせられる。
殆どが、宮沢りえと原田芳雄の二人芝居から成るだけに、両者の演技力に掛かる比重はとてつもなく大きい。黒木監督作品の常連である原田は、今までの作品の中でもずば抜けて素晴らしい演技を披露する。対する宮沢も本作から演技の幅が各段に飛躍したと言っても良いのではなかろうか。図書館の仕事で子供たちに昔話をするために原稿を書いている娘に、父は即興で“広島の一寸法師”という物語を披露するシーンがある。鬼の体に入った“広島の一寸法師”は、剣山のようになった原爆瓦で鬼の肝臓を摺り下ろし、人間の体内に突き刺さったガラスの破片で切りつける…次第に、口調が怒りに変わっていく原田の壮絶な演技に涙が溢れてしまった。そして、娘の呪縛を断ち切る原爆投下の日に起きた出来事と、二人が取った行動について対峙するシーンで明かされる原爆投下直後の様子。建物の下敷きになった父を置き去りに出来ないという娘に、ジャンケンで決めようという父。生き残った娘は“生きている”のではなく“生かされている”のだ…だから死んだ者の分まで幸せになって欲しいと父は訴える。このクライマックスに場内はピーンと緊張感が張り詰めた。二人の発する言葉は、全ての被爆した人々の言葉であり、何千何万もの人間が同様の言葉を発したであろう。黒木監督が、もうひとつ原爆を取り上げた作品…長崎に原爆が落とされる前日の人々(翌日の運命がハッキリしている人々)を淡々と追った『TOMORROW/明日』では、戦時中でも明るく生きている家族を描く事で、翌日の悲劇を際立たせていた。…つまり、観客は皆知っているという前提においては、結末や事実を描かない方が、より悲劇を浮き彫りにする事が出来るのだ。本作も同様に後日談の形を取って、当時の様子を宮沢に語らせる事で、より観客に原爆の惨たらしさを伝える事に成功している。
「おまいは病気なんじゃ。ちゃんと病名もあるど。生き残ってしもうて亡うなった友だちに申し訳ない、生きとるんが後ろめたい言うて…そよにほたえるのが病状で、病名を“後ろめとうて申し訳ない”病ちゅうんじゃ!」前向きに生きる事が出来ない娘に対し、父の霊が、こう叫ぶのだ。
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