「怪物のような荒川鉄橋をコボレないように車が走るのが見えるぞ…シントトシントト…深夜料金の光るバッヂをつけたタクシーが北千住方面にダッシュする。その反対方向、42.195キロに俺のアパート…シントトシントト」付き合い始めた女子高生の父親から落語をケチョンケチョンにダメだしされた主人公、志ん魚がガックリ肩を落としながら最終電車が無くなった堀切駅から浅草に向かって歩くシーン。森田芳光監督のメジャーデビュー作『の・ようなもの』で同じくデビューを果たした俳優、伊藤克信。まだ役者として映画どころか全くの素人だった彼が、劇中で、主人公が失意の中から何かを掴み始めたのでは?と予感させる深夜の道中づけという重要なシーンに挑んだ。何度も森田監督にリテイクさせられて完成したこの場面は彼特有の気の抜けるような栃木訛りのナレーションが実に素晴らしく、この映画を語るには欠かせない名場面となった。おもそも森田監督が無名の伊藤克信を主役の座に大抜擢した経緯とは…というと、若手の落語家を探して、新宿末広亭や上野本牧亭、池袋演芸場と、あらゆる寄席を見て回った森田監督が、たまたまテレビでやっていた「全日本落語選手権」に、当時大学生だった伊藤克信が出ており、『の・ようなもの』の主人公にピッタリだ!と感じて決まったわけだ。それまでは一般の落語家になれたらいいな〜と思っていた大学生で、保険会社に就職も決まっていた…まさに『の・ようなもの』の典型的なパターンの人物だった。本人にしてみても、どうして自分に映画の…それも主役の話が来たのか理解出来なかったらしく、最初は丁重に断るつもりだったらしい。
 とは言うものの、森田監督の熱意に押されて出演を承諾するも、演技の経験は全くないため、セリフにはかなり苦労したと後日談で語っている。特に、前述した道中づけのシーンは、本当に42.195キロを歩いたり、ナレーション収録は50回近くリテイクを繰り返し、実際に歩いている雰囲気を出すためにスタジオの中を歩きながら収録。最後にOKが出た時は、ヘトヘトで力が抜けた語り口調になり、あの名場面が生まれたのだ。また、夜中の撮影が続いたり、現場でセリフが変更になることもしょっちゅうあたっため、素人の伊東克信にとっては映画の撮影はこういうものだと思ったらしい。全編に、ゆる〜い感じの主人公なのだが、夜の東京湾で秋吉久美子演じるトルコ嬢のエリザベスとデートをするシーンがあって、ここで女子高生と付き合っているから、もう会うのをやめましょう…と話す彼の演技が、映画の中で、ちょっとだけベテランの役者のような雰囲気を感じさせる。実は、このシーンが結構好きで、それこそベテランの秋吉久美子と退けを取らない五分で渡り合えているのだから大したものだ。
 その後も森田監督のロマンポルノ『ピンクカット太く愛して深く愛して』で主人公の大学生を演じ、他にも森田監督作品の名バイプレイヤーとして活躍。『家族ゲーム』でテストを成績の悪い順に返す中学教師を熱演。ちょっとの出演ながら「校庭に拾いに行けぇー」と窓から答案用紙を放り投げるキャラクターは強烈な印象を残す。森田監督以外で印象に残るのは何と言っても根岸吉太郎監督の『キャバレー日記』。新宿のキャバレー(というかピンサロ?)で働く男性社員のつらい日々をユーモラスに演じ、意中のキャバレー孃と切ない恋を体験しながら水商売の世界に身を埋める覚悟を最後に固める…と、いった役は、どこか『の・ようなもの』の志ん魚に通じるものを感じたのは私だけでしょうか?ギョロッとした目と何を言っても棒読みにしか聞こえない栃木訛りが妙に心に心地良く残る役者だ。


伊藤克信(いとう かつのぶ)、本名:古橋克信(ふるはし かつのぶ)
1958年6月27日生まれ
俳優、タレント。栃木県日光市出身。日光市立東中学校、旧日光高等学校(現栃木県立日光明峰高等学校)、城西大学卒業。株式会社スカイコーポレーション所属。芸名は旧姓。
 栃木弁のイントネーションが特徴。実家は日光の老舗旅館だったが、現在は廃業している。趣味の競輪は専門解説者並の知識を誇っており、競輪中継番組のゲストとして出演するだけでなく、雑誌コラムの連載(著書に“伊藤克信の競輪有り金勝負”)や競輪場内イベントでの司会進行などを行なうこともある。 同郷の神山雄一郎のファンとして有名だった。かつて原宿でおニャン子クラブの高井麻巳子(現・秋元康夫人)をスカウトしたことでも知られる。大学時代は落語研究会に所属しており、日本テレビの全日本大学落語王座決定戦では敢闘賞を受賞。その延長で1982年の映画『の・ようなもの』において主役としてデビュー。1980年代前半は久米宏のTVスクランブルのビデオコーナーにレギュラー出演しており、この頃から知名度が上がる。1989年から2001年まで、日本テレビ系列の番組『ズームイン!!朝!』のプロ野球イレコミ情報のコーナーにおいて、ヤクルト担当キャスターとして長年出演。現在も各種の番組において、タレントやリポーターとして活躍している他、ドラマ・Vシネマへの出演も多い。(Wikipediaより一部抜粋)

【主な出演作】

昭和56年(1981)
の・ようなもの

昭和57年(1982)
キャバレー日記

昭和58年(1983)
ピンクカット
太く愛して深く愛して  
俺っちのウエディング  
家族ゲーム

昭和59年(1984)
チーちゃんごめんね
メイン・テーマ
生徒諸君!

昭和61年(1986)
そろばんずく

昭和63年(1988)
りぼん
首都高速トライアル

平成2年(1990)
バカヤロー!3

平成4年(1992)
未来の想い出

平成11年(1999)
黒い家

平成15年(2003)
ベースボールキッズ

平成16年(2004)
海猫
あゝ!一軒家プロレス




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