の・ようなもの
人間って、なんて面白いんだろう。
1981年 カラー ビスタサイズ 98min 日本へラルド映画
製作 鈴木光 監督、脚本 森田芳光 撮影 渡部眞 音楽 塩村宰 衣裳 伊藤翠、有住洋子
録音 橋本泰夫 照明 木村太朗 編集 川島章正 助監督 山本厚、佐藤陸夫、杉山泰一
スクリプター 宇野早苗、増島季美代、近江薫 企画 鈴木光、森田芳光
出演 秋吉久美子、伊藤克信、尾藤イサオ、でんでん、小林まさひろ、大野貴保、麻生えりか
五十嵐知子、風間かおる、直井理奈、入船亭扇橋、内海好江、鷲尾真知子、吉沢由起、小宮久美子
三遊亭楽太郎、芹沢博文、加藤治子、春風亭柳朝、黒木まや、 大角桂子、小堺一機、ラビット関根
8ミリ映画“ライブイン茅ヶ崎”で注目を集めていた森田芳光監督が1年半もの間、構想を練って作り上げたメジャー第一作。落語家の金馬師匠が得意とする落語“居酒屋”に出てくる「できますものは、汁に柱に鱈昆布、アンコウのようなもの、鰤にお芋に酢蛸でござーい」というくだりの中から取ったもの。風俗と落語を結びつけ、その企画を森田監督自身がヘラルドに持っていき先に配給を取り決めてから製作を開始するという当時としては画期的な方法で映画化が実現した。主役に当時はまだ素人だった伊藤克信を大抜擢し、同じく主人公のトルコ嬢役に秋吉久美子を起用するなど話題性には事欠かなかった。また、落語界から入船亭扇橋、春風亭柳朝、三遊亭楽太郎が出演、豪華な顔ぶれが実現。更に共演の尾藤イサオは主題歌を歌い、洗練された都会の雰囲気を醸し出していた。渋谷東急名画座での初日は995円というユニークな入場料金設定(1,000円で5円のお釣りが来るから“ご縁”がありますように…という洒落)も話題となり、見事満員御礼となる。その後、全国を順次公開し、邦画におけるミニシアター系作品の先駆けとなった。また、その年のヨコハマ映画祭においてグランプリを獲得するなど評論家だけに留まらず広く一般の観客にも受け入れられる作品となった。
二ツ目の落語家、志ん魚(伊藤克信)は二十三歳の誕生日に仲間のカンパで初めてトルコに行った。志ん魚についたトルコ嬢エリザベス(秋吉久美子)は、純朴な彼に好意を抱き、自宅の電話番号を志ん魚に教えるのだった。二人はその日からデートを重ねるようになる。ある日の事、師匠の女将さんから志ん魚と兄弟弟子の志ん菜に、女子高の落研に所属する女の子たちをコーチするよう命じられる。志ん魚はその中の一人、由美(麻生えりか)に心を寄せ、次第に交際するようになる。志ん魚たちは、彼女たちの協力を得て、団地有線放送と協力してお天気予想クイズという企画を立ち上げる。団地全体を巻き込んだこの企画は大成功。その代わり、団地で青空寄席を開催する等、着々とキャリアを積み重ねていく。そん時、志ん魚は師匠から古典落語から新作落語に転向しないか?と話しを持ちかけられる。寄席では志ん魚の話が始まると客が居眠りしてしまう有様なのだが、志ん魚は意地でも古典を貫こうとする。志ん魚は由美のことをエリザベスに告白するが「バレなければいいじゃない」とエリザベスは気にしないまま、志ん魚は由美とデートを続けた。ある晩、由美を送った志ん魚は由美の父親の前で落語を披露する事となる。しかし、志ん魚の落語を聞いた父親から「面白くない」とけなされてしまう。一方で、兄弟子志ん米(尾藤イサオ)の真打ち昇進が決まった。先輩の昇進を喜ぶと同時に、取り残されたような気持の志ん魚は、エリザベスの部屋を訪ねると、彼女もまた関西に行く荷作りをしていた。寂しさをこらえて手伝う志ん魚。志ん米の真打ち昇進パーティの日、志ん魚と仲間は将来の夢を語り合うのだった。
言葉が何と心地よい映画なのだろう…当時高校生だった私が本作を観て最初に思った感想だ。勿論、噺家の人々を描いているのだからセリフ回しやリズムが良いのは当たり前なのだが、決してそれだけではない。聞いていて温かみがあるというか、ウィットに富んだ単語の数々は笑いの向こうに奥深い知的な部分を兼ね備えていた。それまでに観た事がない新しいタイプの日本映画に出会って、ウディ・アレンやニール・サイモンのようなニューヨークインディーズやブロードウェイのイメージを重ね合わせて興奮していた事を良く覚えている。加えて、下町の夏の香りがスクリーンから漂ってきそうな映像に東京への憧れの念を強めたのは私だけではないだろう。思えば、ここまで東京という場所を明確にフィーチャーした作品はあまり記憶に無い。近年は東京を舞台にした作品も増えてはいるが…ここまで登場人物と密接に街の光景―特に下町・京成線沿線―が溶け込んだ映画も珍しい。落語家の卵が恋をしたり落ち込んだり…様々な体験を下町の風景をバックに展開される。デザイナーズブランドが流行した時代にアイビールックに身を固めた落語家と風俗嬢という洒落た組み合わせに感化され…と、いうわけで森田芳光監督のおかげで、私は東京の大学に通い六畳一間の生活を開始する事となる。
主人公、志ん魚に無名の新人伊藤克信を起用したのは大成功!あまりにも棒読みとしか思えないような栃木訛りが映画全体を優しく包み込む。本作は、その志ん魚を中心とした人間模様を描いているが、取り立てて大した事件は起こる事無く、ましてや数日間で何かに目覚めたり人間的に成長したり…等という事も無い。至ってフツーの日常を描いているのだ。いや、フツーと言っては語弊がある。これがサラリーマンだったらつまらないドラマだったろうが、森田監督は落語家という職業を登場人物に与える…これも大成功。落語といえば「笑点」しか知らなかった私にとって、魅力的な世界に思えた。また、もうひとつの成功は、秋吉久美子演じるトルコ(ソープ)嬢エリザベスにキャリアウーマンといったプロフェッショナルな肩書きを与えた事だ。仲間のカンパでトルコに来た志ん魚―彼はそこでブタの貯金箱を大事そうに抱えているのだ―の純粋なところに心を許した彼女が自分の自宅の電話番号を教える。登場して数分で、既に観客はエリザベスの人格を理解できるのだ。彼女の大人の優しさが出てくるお気に入りのシーンがある。志ん魚が夜の港で「高校生と付き合っているから、もう会うのはよしましょう…」と告げるシーンだ。彼女は微塵も取り乱す事無く「私たちは恋人だった?友だちってとこかな?」と笑顔を見せる。多分、彼女はいつかこういう日が来る事を知っていたのだろう…と、思われるこのシーンが何度観ても胸を打つ。
印象に残るシーンは他にも多く、付き合っている女子高生の父親から落語にダメ出しをされた志ん魚が真夜中、堀切から浅草の観音様まで歩きながらリズムに合わせて、志ん魚の目に映る下町の風景を都々逸よろしくつぶやくシーン。新作落語を師匠に勧められながらも古典落語にこだわり続ける志ん魚に変化の兆しが見える絶妙な場面だ。ラストで兄弟子の志ん米(尾藤イサオ演じるこのいい加減なキャラが実に良いのだ)の真打ち昇進パーティーで志ん魚と弟弟子が将来について語りながら流れてくる尾藤イサオが歌う主題歌“See You Again 雰囲気”が何とも言えないメランコリック(死語だって構わない)なムードを醸し出し、映画館で涙してしまった。全体を包む光り加減や出しゃばらない音楽…そして歯切れの良いセリフ等々、実に心地よい時間を過ごせる映画だ。
「落語が会社みたいに潰れる事ってないんですかね?」「その時は日本だって潰れるさ」ラストシーンで弟弟子に尋ねられた志ん魚が答えるセリフ。子供みたいな返答に可笑しくも、落語に対する愛情を感じるシーンだ。
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