家族ゲーム
僕の受験で家中がピリピリ鳴ってて、すごくウルサイんだ!
1983年 カラー ビスタサイズ 106min にっかつ撮影所、NCP、ATG
製作 佐々木志郎、岡田裕、佐々木史朗 監督、脚本 森田芳光 原作 本間洋平
撮影 前田米造 美術 中澤克巳 編集 川島章正 録音 小野寺修 企画 多賀祥介、山田耕大
スチール 竹内健二 助監督 金子修介 製作補 桜井潤一
出演 松田優作、伊丹十三、由紀さおり、宮川一朗太、辻田順一、松金よね子、岡本かおり、鶴田忍
戸川純、白川和子、佐々木志郎、伊藤克信、加藤善博、土井浩一郎、植村拓也、前川麻子、渡辺知美
松野真由子、中森いづみ、佐藤真弓、小川隆宏、清水健太郎、阿木燿子
「の・ようなもの」でメジャーデビューを果たした森田芳光監督の4作目。本間洋平による同名小説を森田監督自らの脚色によって映画化(当時、あまりの独創的な内容と映像のベストマッチからオリジナル脚本と思われていた)。わずか18日間で撮り上げた本作は、低予算の映画ながら大ヒットを記録。キネマ旬報ベストテン第1位他、主演の松田優作と助演の伊丹十三も男優賞に輝く等、数々の映画賞を独占した。それまでアクション俳優というイメージが強かった松田優作を主役の家庭教師に採用し、彼が新境地を開拓するきっかけとなった。事実、「の・ようなもの」を観ていた松田優作は、以前より森田芳光監督の才能を高く評価しており、本作は彼の方から声を掛けて来たという。全編において音楽が一切流れない斬新な構成は話題となり、映画の常識を覆す手法は以降の森田監督作品の定番となった。撮影は日活ロマンポルノで数々の名作を撮り続けた前田米造が担当。その後、森田芳光監督とは8作目までコンビを組む事となる。
高校受験を控えている沼田茂之(宮川一朗太)は成績が悪く、クラスの中で虐められている中学三年生。今まで何人も家庭教師が来たが、皆すぐに辞めてしまうほどの問題児でもあった。ある日、三流大学の七年生、吉本(松田優作)という男が新しく家庭教師としてやって来た。吉本が来た最初の晩、父孝助(伊丹十三)は吉本に「茂之の成績を上げれば特別金を払おう」と歩合制の出来高払いの話を持ちかける。その提案を受けた吉本は、反抗的な嫌がらせをした茂之を平手で鼻血が出るほど叩いてしまう。心配する母智賀子(由紀さおり)をよそ目に勉強を再開する吉本。時には暴力も厭わない徹底した吉本の方針によって、茂之は勉強ばかりか、喧嘩も教えてもらい、少しずつ成績が上がり始める。ある日、成績が上がる茂之に対して嫌がらせをエスカレートさせる同級生の土屋をある日の放課後、一対一の喧嘩に挑み吉本のレッスンのおかげで勝つ事が出来る。それからというもの、茂之の成績はどんどん上がり、ついにAクラスの高校の合格ラインに達してしまう。しかし、茂之は両親の言う事も聞かずBクラスの高校を志望校として担任に届け出る。困り果てた母智賀子は、志望校の変更を吉本に依頼。吉本は茂之を呼び出し、強引に志望校を変更させた。目出たく茂之は志望高校に合格し、お祝いパーティーが開かれた。その席で、父孝肋は、最近学校を休んでいる兄に対して怒りを露にする。学力至上主義の両親と、その両親に甘える子供たちに対して、吉本は祝賀パーティーの食卓をメチャメチャに大暴れをする。
森田芳光監督の名前を事実上メジャーに押し上げたATG映画最高のヒット作。当時、社会問題となっていた中学生の受験戦争をテーマに取り上げたファミリー映画でもない、単純なコメディとも違う、全く新しいスタイルの映画である。受験戦争とバット殺人というショッキングな時事ネタを盛り込み、家族という小さな社会が、実はものすごい不安定な地盤の上に成り立っている事を世間に知らしめた作品でもある。私たちは血がつながっているから…という理論性の薄い理由から家族という絆(場所って言った方が良いか?)に安住していたが、様々な外圧にさらされている内にそれが風化してしまう事を痛切に感じる。メンテナンスを怠った家族の姿を松田優作演じる家庭教師をいう異物を投入する事で浮き彫りにする森田監督のリズム感というか絶妙な間の取り方に非凡な才能を感じた。問題児の受験生を有名高校へ合格させるために雇われた三流大学の留年生…天才子役の宮川一郎太とカリスマ俳優の松田優作が壮絶な演技合戦を繰り広げてくれるのが何とも楽しい。教室ウンコ垂れ流し事件をキッカケに苛められっ子になった次男と親の過渡な期待を寄せられる長男、効率的だからという理由で横一列になって夕食をとる食卓。家族の中では普通である世界が他人から見ると何と滑稽な事か。森田監督の切り取った風景が可笑しくも切ないのは、誰もが似たような体験をしているからだ。
もうひとつ、森田監督は余計なBGMを全て排除し、その代わりグツグツ煮えた鍋や豆乳をストローで啜る音といった日常のノイズを大きくする…といった手法を採っている。そのおかげで、家族の癖=肖像が見えて来る。例えば父親を演じる伊丹十三が目玉焼きの黄身をチューチュー啜る音等は、大きく取り上げる事で異常な世界に思える。普段は美味しいはずの音が不快なものに感じる不協和音になる事もあるのだ。そもそも他人の家庭なんて異国と同じ…匂いも違えばルールも違う。そこを訪れる家庭教師は未開の地を訪れた探検家のようなものだ。初日に反抗的な態度を見せた少年に鼻血が出る程、張り手を食らわせる家庭教師は、親からも受けた事ながない叱咤であったわけで、これも言い換えれば少年にとっての未知との遭遇とも言える。そんな異人の二人が勉強を通じて次第に理解し合うのも皮肉な話しでありながら現代の寓話的な面白さがある。家庭教師がレクチャーした苛めっ子に勝てる喧嘩の仕方がクライマックスで少年の成長した姿として描かれているのも上手い!このクライマックス…ひょっとして日本映画史上、上位にランキングされても良いのでは?と思う程、素晴らしい長回しと出演者たちの演技を観る事ができる。高校合格の記念パーティーであわや家庭崩壊しかけた時に救いの手を差し伸べた家庭教師の常軌を逸した行動に目が釘付けになるだろう。
「もし宿題やっていなかったら、また殴るからな…俺は鼻血なんかプロレスで見慣れているから、ちっとも怖くないんだ」問題児の茂之を平手打ちした吉本が帰り際に言う脅しの言葉。松田優作が真顔で言うこのセリフが何とも間抜けていて面白い。
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