初めて大竹しのぶという女優を知ったのは、まさに彼女のデビュー作『青春の門』であった。『青春の門』といえば、佐藤浩市、杉田かおるの映画における出世作として知られている名作である。正直、本作に登場する大竹しのぶは、まだ頬の赤味が抜けない垢抜けなさが残る田舎から状況したての女の子…と、いうイメージがあった。なのに、何故か印象に残って仕方がない。それも、顔のある部分に強烈なインパクトがあったのだ。それは、彼女の“目”だ。表情が子供っぽいのに、彼女の目の奥から出てくる力には、ある種異様なものを感じ、“この新人は、いつか化けるぞ…”などと生意気な事を思っていた。ところが、その予感は、3年後に公開された野村芳太郎監督作品『事件』で見事に的中した。松坂慶子演じる自由奔放に生きる女の妹で、しかも自分の彼氏(永島敏之)を姉に寝取られ、更にはその彼氏と姉が口論の末、手にしたナイフで姉を殺害してしまう。自由奔放に生きる姉とは対照的な地味で大人しい妹を演じた大竹しのぶだが、ここでも眼光の奥にあるしたたかな力強さは健在…と、いうよりも、この目の強さが本作では大いに活かされた。愛する彼氏を守るため、法廷で嘘の証言をして、判定を覆してしまうキーパーソンを堂々と演じている彼女を見て心の中でガッツポーズを取った記憶は今でもはっきりと覚えている。いや、それ以上に松竹の超大作に準主役として、わずか3年で躍り出るのは並大抵の努力程度ではあり得ない。
『事件』での実力がまぐれではないと証明した次回作『あゝ野麦峠』では早くも、主役の座を射止めてしまう。しかも今度は東宝が力を入れたオールロケーションで北日本を縦断した超大作だ。貧しい寒村に育った少女が家族のためにわずかな賃金で製糸工場へ働きに出され、過酷な労働条件の中で命を落として行く姿を綴った文芸作品だ。体を壊し迎えに来た兄の背中で野麦峠を見つつ、その向こうにある故郷を思いながら死んでゆく主人公をまさしく体当たりの演技で挑んだ本作は彼女の代表作となった。はかない人生ながらも、力強く生きて行こうと懸命になっている主人公の姿は、大竹しのぶの持つ眼光の力強さに見事、重なり合う。
それからというもの、ご存知の大ヒットテレビドラマ「男女7人夏物語」では個性派の演技力だけではないコメディーリリーフとしての素質も披露し、明石家さんまとの絶妙な掛け合いによって国民的大女優へと変貌する。公私ともに、最高のコンビと思われていたさんまとの映画共演は、誰もがテレビドラマの再現を期待していた…ところがテレビ程のキャラクターを映画では表現出来なかったのか、当初の期待が大きかったのか、映画はそれほどのヒットは臨めなかった。その前の『青春かけおち篇』にしても大竹しのぶの面白さとつかこうへいの原作は相性が悪かったのか、こちらも思った程のヒットは見込めず、彼女にとってバブル時代の作品は今ひとつ…と、いった感が否めなかった。
しばらくはドラマ・舞台・ナレーションに活躍の場を広げ、映画界からは遠ざかっていた彼女に、久しぶりの映画出演の声をかけたのが森田芳光監督だった。森田監督初主演作となる『黒い家』―貴志祐介のベストセラー小説の映画化で、彼女が演じるのは何のためらいも無く人を殺す事が出来る連続殺人鬼の役。むしろ森田監督は、「今までの大竹しのぶとは全く異なる役どころだからこそやってもらいたかった」と語っている。それに対して彼女も「こうした役は、やりたがらない女優が多いと思う…だからこそやりがいを感じた」という理由から承諾したという。一切の感情を排除したセリフ廻しや、能面のような表情の奥に見える不気味な目の光…ここでも彼女の持つ目力が発揮された。本作で主人公があっさりと人を殺したり物を破壊したりする姿を見て、怖さと同時に可笑しさを感じてしまうのは大竹しのぶという女優が持っているどこかポップなキャラクター故だろうか?常に感情を排除して、相手の芝居を全く無視して自分のセリフだけを独立して話さなくてはならない難しさを思いながら撮影に挑んでいたという。もう一人の主人公である内野聖陽演じる若槻という保険会社社員の部屋を荒らすシーンでは、楽しみながら鼻歌まじりに怖い事をやってのける…そんな狂気の沙汰を彼女が演じるからこそ、滑稽さと恐怖が見事に融合出来たのかも知れない。そんな飛び抜けた女を石井隆監督作『GONIN2』でも見事に披露。40過ぎのセーラー服姿の売春婦で、宝石強盗と一戦交えてから狂気の世界に倒錯して行くキャラクターを嬉々と演じていた。
しかし、変幻自在にキャラクターを変える事が出来る彼女は、降旗康男監督作『鉄道員 ぽっぽや』で、高倉健の亡くなった奥さんを演じ、控えめな役柄に合わせた抑制の利いた演技で多くの観客の涙を誘った。その後、筆者が個人的に一番好きな大竹しのぶ出演作である『GO』では、窪塚洋介の母親役で、何故かしゃぶしゃぶと焼き肉は主導権を握り、息子には決してしゃぶしゃぶさせずに食べさせる。在日韓国人であり韓国焼き肉店で働く彼女は、生意気な口を叩く朝鮮学校の生徒たちを平気で叱り飛ばしては「あんた、牛乳飲みなさい!ほれ!」と強要する怖い母であり、共演の山崎努との掛け合いは最高だった。そして、次の森田監督作品…久しぶりのオールスターキャスト映画『阿修羅のごとく』では、亭主に死なれた4人姉妹の長女・綱子をしっとりと大人の雰囲気で登場したのには驚いた。常に上品な和服の彼女は華道の師匠で料亭の主人と不倫中という役どころ。あえてテレビドラマ版を見ずに現場入りした彼女は、向田邦子原作ではあるものの森田芳光版の『阿修羅のごとく』として綱子像を作り上げた。何をやらされるか分らない森田監督の現場に挑んだところ案の定、彼女が描いていた綱子のイメージが打ち砕かれる注文が続々と入って来たという。ところが、彼女がそれを演じるとピッタリとハマるから不思議で、例えば枕元にアイスクリームの食べ残しを置いてある(つまり寝る前にアイスを食べるような…)女性であっても大竹しのぶの綱子であればおかしくないのだ。実際に、四人姉妹の三女として育って来たからこそ理解出来る空気感を現場のシーンに取り入れて自然体の綱子像を築き上げたのである。ちなみに…不倫相手の妻である桃井かおりとの修羅場シーンは本作中最高傑作であると強く推薦させてもらう。
大竹 しのぶ(おおたけ しのぶ)本名:同じ
1957年7月17日生まれ 東京都品川区出身
シスカンパニー所属。東京都立小岩高等学校、桐朋学園短期大学演劇専攻科卒業。女優・タレントとして活躍中。迫力のある演技には定評がある。
元高校教師の父親を持ち、小学校の時の作文で既に「舞台女優か先生になるのが夢」と書いていた。1973年、フォーリーブスの北公次主演のテレビドラマ「ボクは女学生」にて、北公次の相手役が一般公募され、これに見事合格し芸能界デビューを飾る。 その後、映画『青春の門(筑豊篇)』と、NHK朝の連続テレビ小説『水色の時』のヒロインで一気に注目された。以後、映画・テレビ・舞台と幅広く活躍。その卓越した演技力で、芸術選奨文部大臣賞新人賞、『鉄道員 ぽっぽや』では日本アカデミー賞主演女優賞、毎日映画コンクール田中絹代賞など多数の賞を受賞。1982年に演出家の服部晴治と結婚し、長男をもうけたが、1987年に死別。翌年にタレントの明石家さんまと再婚し、長女をもうけたが、1992年に離婚した。離婚後も明石家さんまとは、家族ぐるみでの交流が続いている。1990年代には、演出家・野田秀樹と同棲生活を送っていることを公表していた。(Wikipediaより一部抜粋)
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