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突然、日本映画界に『の・ようなもの』を引っさげて登場した森田芳光監督。その後、次々とヒット作をコンスタントに提供。今まで観た事のないような斬新なタッチ―セリフ廻し、不思議なセット、意味不明なインサートカット等々―は、日本映画に新しい風を吹き込んだ監督としてインプットされたのだが…。平成4年の『未来の想い出』を最後に4年間映画作りを休業してしまう。その間は…と、いうと“免許がない!”の脚本を手掛けたり、競馬に関するエッセイを雑誌に連載する等、およそ映画監督とは離れた場所に行動の基点を置いていた。その当時の思いを『森田芳光組―キネマ旬報社刊』に記載されているが、前述の通り、ヒット作を作り出さなくてはならない…という義務感と自分の作りたい映画に対する思いの狭間でジレンマに陥っていたという。しかし、筆者にとって4年間という時間は、決して短くなく、時代は次々と更に新しい才能を生み出し、いつの間にか森田監督の事は、テレビで昔の映画を放送する時くらいしか思い出さなくなっていた。その4年間の間にピンク映画からメジャーデビューした周防正行監督が“シコふんじゃった”を発表。また、岩井俊二監督が“ Love Letter”“打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?”で、若者の心を捉えた作品を発表する等、新しい映像作家が登場した時期でもあった。正に、バブルの絶頂期…映画界においても若く才能のある監督たちに広い門戸が与えられていたのである。 そんな中、遂に4年間の休止状態から森田芳光監督という名前を見る事ができたのがパソコン通信から育まれる新しい形の恋愛ストーリー『(ハル)』。当時は、まだパソコンメールやチャットなどといった行為自体が普及していなかった頃…。時代を先取りする森田監督らしい題材を選んだものだと興味を抱き、そして変わらない挑戦的な作品(内容は挑戦的ではなく、実にオーソドックスな純愛ものです)に嬉しくなった事を今でも明確に覚えている。休業中に観ていた岩井俊二監督など新しい才能の作品が刺激になったという『(ハル)』だが、映像的な面白さを追求するスタイルは以前の森田監督のまま…相変わらず、細かな箇所に至るまで随所にこだわりを見せている。パソコン文字をそのまま、コンピューター画面で見せるのではなく、ヲタクたちがチャットに興ずるその時間帯に、他の人々がどのような生活を送っているのかを背景に置く事で、森田監督が得意とするキーボードを打ち込む各々の人間像が明確に見えてくるのだ。今思えば、近年ヒットした“電車男”の原型は『(ハル)』にあったのではなかろうか?とはいうものの時代が早過ぎたのか、興行的には良い結果を残す事が出来なかった本作だが、次回作で森田監督最大のヒット作を生み出す事となる。 それが、渡辺淳一原作を筒井ともみが脚色した『失楽園』だ。最初は中高年のサラリーマンに始まり、次第に主婦・OL層といった幅広い女性に支持された原作だけに、森田監督が本作を手掛けているというのは恥ずかしながら映画館でクレジットを観るまで知らなかった。しかし、前作『(ハル)』の純愛の次は不倫もの…という構図は森田監督らしいのだが。この映画が大ヒットして社会現象まで巻き起こして、テレビドラマ化される…まるで『家族ゲーム』を彷彿とさせる展開になったのだが、どうしてもワイドショーなんかでは不倫や黒木瞳の濃厚なベッドシーンばかりが取り上げられ、その根底に流れているバブル崩壊後、閑職に追いやられた男たちの気持ちを描いている奥深さにまで踏み込んで解説した番組や新聞が殆どなかった事に、相変わらず『の・ようなもの』から変わらないマスコミの程度の低さに呆れ果ててしまった。そして、次に発表した『39 刑法第三十九条』では現代において問題視されている法の在り方に対する怒りを真っ正面からぶつけ、続く『黒い家』では初のホラーに挑戦するなど平成14年の『模倣犯』に至るまでハードな作品が続く。 そんな森田監督の集大成とも言える作品『阿修羅のごとく』では後期の森田監督作品に主演した3人の女優、深津絵里、黒木瞳、大竹しのぶを一同に介し、向田邦子原作の大ヒットドラマを手掛ける。正直言って、すごい監督になってしまったんだなぁ〜…と、複雑な心境になってしまった。しかも、最近では珍しくオールスターキャスト!東宝が力を入れている大作である。そこに、森田監督を選んだのプロデューサーは素晴らしい!テレビドラマの映画化が増えている昨今…大人が楽しめる本作のような家族ドラマを森田監督が映画化するというのもうなずける。もし、向田邦子の原作を大御所監督が作ったとしたら、それはそれで重厚な作品として仕上がるだろうけど、若い観客からは敬遠されてしまうであろう。そこに森田監督の中間的な視点というのが重要なポイントとなるわけである。こうした大作の後、次回作というのが気になるところなのだが、森田監督は夫と義弟との間で揺れ動く新妻を描く『海猫』を発表。東映としては『失楽園』に続く大人のラブストーリーでヒットを期待したのだろうが、それほどの動員数を得られなかった。こうして見ると、後期からはメジャー製作会社で大作が多くなっていた森田監督だが、1年のブランクの後に手掛けた『間宮兄弟』は原点に立ち戻ったかのような良質な小品。配給もアスミックエースで単館系のロードショウ作品だったのだが、久しぶりの森田芳光ワールドに嬉しくなるような秀作。監督も肩の力を抜いているのだろうか、観る側も肩の力を抜いて楽しむ事が出来る。後期は、むしろ自分の作りたい作品を見極め作っているようにも思えるのは、現在の日本映画が、既にプログラムピクチャー量産時代ではなくなっているからであろう。丁度、休業時代にバブルが崩壊し、角川アイドル映画も終焉を迎え、日本映画自体が大きく変わりつつあった。ある意味、森田監督が必要とされる時代になったからこそ復帰したとも思える。森田監督は時代を読み取り、映像の中で切り取るからこそ、「なに?」よりも「いつ?」という事に敏感なのかも知れない。
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