阿修羅のごとく
女は微笑む顔で鬼になる。
2003年 カラー ビスタサイズ 135min 東宝=博報堂=毎日新聞社=日販
製作 本間英行 プロデューサー 市川南 監督 森田芳光 原作 向田邦子 脚本 筒井ともみ
撮影 北信康 音楽 大島ミチル 美術 山崎秀満 録音 橋本文雄 照明 渡辺孝一 編集 田中慎二
衣裳 宮本まさ江 助監督 杉山泰一
出演 大竹しのぶ、黒木瞳、深津絵里、深田恭子、仲代達矢、八千草薫、小林薫、中村獅童、RIKIYA
坂東三津五郎、桃井かおり、紺野美沙子、木村佳乃、益岡徹、長澤まさみ、
昭和54年NHKで放映された、向田邦子脚本の傑作ドラマ『阿修羅のごとく』を森田芳光監督が映画化。放送当時、女性を阿修羅像に形容した設定と、そのショッキングなセリフまわしや赤裸々に描かれる家族間の愛憎劇が女性視聴者の圧倒的な支持を集めた傑作ドラマを、『それから』『失楽園』でコンビを組んだ筒井ともみが脚本化。昭和54年当時の舞台設定のまま、新しい劇場版『阿修羅のごとく』として、24年ぶりに映像化。4姉妹には、かつて森田監督の作品で各々主役を務めた大竹しのぶ、黒木瞳、深津絵里を配し、四女には新たに深田恭子を迎え、各世代を代表する個性的な女優が、それぞれの〈阿修羅な生き物〉を演じている。森田監督曰く、「一流の寿司職人になったつもりで上質のネタ(役者)を料理しよう」という意気込みで挑んだ本作。徹底したこだわりで何度も演技に注文をつけていたという。またオリジナル版では三女を演じた八千草薫を母親役に迎える等、オマージュを捧げている。向田邦子は、昭和の日本人の“品”を漂わせながら、優しくも辛らつな視点で、四つの“愛”の形を描いており、そんな女性たちの“性”が見事に活写されている。今回の映画化にあたって、森田監督の絶妙なテンポの演出と演技派俳優陣による丁々発止の競演が、三位一体となり、「美しくも恐ろしく、時に深刻で、でも可笑しくてどこかほっとする」4つの「愛の物語」として展開されている。
昭和54年冬のある日、三女・滝子(深津絵里)の突然の呼びかけで、久し振りに竹沢家の4姉妹、長女・綱子(大竹しのぶ)、二女・巻子(黒木瞳)、四女・咲子(深田恭子)が集まった。70才を迎える父・恒太郎(仲代達矢)に、愛人と子供がいるというのだ。滝子の雇った探偵の写真には、見知らぬ女性と子供と写る父の姿があった。4人は母・ふじ(八千草薫)には内緒にしようと約束する。しかし、この事件を機に、姉妹がそれぞれに抱える、悩みや問題が露呈してくる。未亡人の綱子は、華道の師匠で生計を立てており、出入りの料亭の妻子ある男性と付き合っているが、その妻に勘付かれてしまう。巻子は、サラリーマンの夫と2人の子供と平凡な家庭を営んでいる。最近夫の浮気を疑い始め、ノイローゼ気味。図書館に勤める滝子は、父の愛人の調査を頼んだ勝又(中村獅童)と恋愛感情はあるのだが、なかなか進展しない。咲子は、売れないボクサー・陣内(RIKIYA)と同棲中で、新人戦に勝ったあと結婚しようと思っている。季節が移り、滝子はようやく勝又と結ばれ、結婚に至る。また順調に勝ち続けている陣内だったが、ある日意識不明となってしまう。心乱れる咲子は、放心状態に陥り万引きをしてしまう。そんな咲子を救ったのは、普段何かとぶつかることの多い滝子だった。ある日、巻子が父の愛人宅に行ってみると、そこに母の姿があった。母は以前から父の不倫に気付いていたのだ。巻子の姿を見た母はその場で倒れてしまい、そのままこの世を去ってしまう。結局、ひとりぼっちになってしまった父を見守る姉妹。静かに時が流れ、竹沢家の茶の間で談笑する姉妹に人生の新しい季節がやってこようとしていた。
あぁ…森田芳光監督は凄い映画監督になっちゃんたんだなぁ。と、一番最初に本作を観て(厳密には観る前だが)思った率直な感想である。今までは話題作や問題作は作り上げても、規模としては従来の森田ワールドと変わらない作品であった。ところが、本作『阿修羅のごとく』に至っては、オリジナルがNHKドラマの不朽の名作であり、向田邦子の原作であること。そして出演者は、最近聞き慣れなくなってしまったオールスターキャストである。勿論、金の掛け方も半端じゃない。金の掛け方が半端じゃなくなると公開も全国チェーンのロードショウというわけだ。…で、海外のケースだといきなり大作に抜擢された途端に監督の良さがどこかに消えてなくなり商業監督に成り下がってしまう。正直言って、こうなってしまうのではないかと恐る恐る重い足を引きずるように劇場へと足を運んだ。ところがそんな心配は、余計なものだというのが始まって数分で理解出来た。しっかり、森田ワールドが出来上がっているのである。あぁ〜そうか!!それもそのはず、主人公の4姉妹の内3人が後期の森田監督作品で主人公を務め上げた女優さんたちではありませんか。しかも、脇には演技力に定評のある個性的な女優さんを揃えつつ父親役には大御所、仲代達矢を迎えるといった余裕すら見せている。そして、その演技合戦が実に楽しいのだ。何せ、多彩な出演者があちこちで絡み合っている訳だから(これがオールスターキャストの醍醐味なんですけどね)正に夢の共演なのである。
映画の冒頭は4姉妹のキャラクターをしっかりと理解させるためタイトルバックでしっかりと説明。いきなり本題に突入する無駄の無さと彼女たちの性格を表現するには最高の演出である。深津絵里演じる三女の滝子が、父の浮気現場を目撃し、姉たちに緊急招集をかけ、その後次々と展開される人間模様に、オリジナルのドラマを見た事がなくても、あれよあれよという間に引きずり込まれてしまうのだ。各々姉妹のエピソードが描かれるが、一番興味深く観る事が出来るのが黒木瞳と小林薫が演じる二女の夫婦だ。父親の不倫疑惑と同時に描かれる小林薫と木村佳乃演じる秘書との不倫疑惑だ。怪しいようで確信が持てないために煮え切らない黒木瞳の焦燥がリアルに描かれ、端から見ると滑稽に感じられるのが何とも悲しい。同性としてヒヤヒヤさせられるシーンもある。小林薫が秘書と間違えて家に電話を掛けてしまい、「これからアパートに行く」と言いのけてから間違ったと気付き電話を切る。こうした誰もが持っている些細な失敗の積み重ねをドラマ化してしまう向田邦子は、やはり凄いのだなぁ…と、改めて感じてしまう。
もうひとつ本作で重要な位置を占めているのが両親が住む4姉妹の実家である日本家屋だ。今では殆ど都内では見られなくなった縁側のある家。この縁側のある茶の間で離れて暮す姉妹や両親が交差するのだ。言わば、物語が佳境にさしかかった時に舞台となるのがこの場所であり、思えば昔の家庭は、どこも茶の間で物事が進行していたように思える。一番、印象的だったのは年に一度白菜を漬けるために姉妹全員が集まって縁側で語り合うシーンで、ひとつのフレームに4姉妹が納まる画は完璧だ。『黒い家』では殺人事件が起こる猟奇的な家を設計した山崎秀満が、一般的な中流家庭の家を手掛けているのが面白い。ここで父親役の仲代達矢が爪を切り母親役の八千草薫がお茶を飲む…。子供たちに何を押し付ける事も無く、ただ黙って見守り続ける。子供たちは、そんな親の姿を見て学んで行ったのだと、この映画を観て思い出した。
「あたし、本当は信じていないのよ」一度は解決したかに思えたが、二女・巻子が夫の浮気をずっと疑い続けているのだ。そして、ラスト…疑惑の夫は「女って阿修羅だよなぁ」とつぶやくのだ。
|