男はつらいよ 浪花の恋の寅次郎
天さくら、兄ちゃんは夢を見ていたのかねぇ。通天閣のネオンの下を飛びきりの上方芸者とそぞろ歩きなんて。

1981年 カラー シネマスコープ 104min 松竹(大船撮影所)
製作 島津清、佐生哲雄 監督、脚本、原作 山田洋次 脚本 小林俊一、宮崎晃 撮影 高羽哲夫
音楽 山本直純 美術 出川三男 録音 鈴木功 照明 青木好文 編集 石井巌
出演 渥美清、倍賞千恵子、松坂慶子、下條正巳、三崎千恵子、前田吟、笠智衆、太宰久雄、吉岡秀隆
芦屋雁之助、初音礼子、正司照江、正司花江、マキノ佐代子、関敬六、大村崑、笑福亭松鶴


 『男はつらいよ』シリーズ第27作目の本作の舞台は大阪・通天閣界隈。浪花の街で巡り会った寅さんと浪花芸者との恋物語を華やかに、そして切な気に描いている。浪花芸者のマドンナを演じたのは『蒲田行進曲』でその年、主要の賞を総なめにしたファン投票第一位の松坂慶子が扮し、艶やかな魅力を振りまいている。また、本作の大きな見所は東の渥美清と関西の喜劇人たちとの競演。 芦屋雁之助を筆頭に正司照江、正司花江、大村崑、笑福亭松鶴…といった面々が、寅さんと見事な掛け合いを見せてくれる。また、本作からさくらの息子・満男をテレビドラマ“北の国から”で熱演していた吉岡秀隆が扮し、今後シリーズの要へと成長していく。


 寅次郎(渥美清)は、瀬戸内海の小さな島で、ふみ(松坂慶子)という女に出会った。ところ変わって、大阪、新世界界隈でバイに精を出す寅の前を三人の芸者が通りかかった。その中の一人に、あの島で会ったふみがいた。数日後、柴又のとらやに、ふみとニ人で毎日楽しく過ごしているとの内容の手紙が届いた。ある日、寅はふみから十何年も前に生き別れになった弟がいることを聞いた。「会いたいけど、会ったって嫌な顔されるだけよ」と言うふみに、会いに行くことを勧める寅。二人はかすかな便りをたどって、ふみの弟、英男の勤め先を探しあてた。しかし、英男はつい先月、心臓病で他界していた。英男の恋人、信子から思い出話を聞き、涙を流すふみを寅はなぐさめる言葉もない。その晩、寅の宿に酒に酔ったふみがやって来た。「寅さん、泣いていい?」と寅の膝に頭をのせ、泣きながら寝入ってしまうふみ。寅は、そんなふみに、掛布団をそっとかけると、部屋から出た。翌朝、ふみの姿はなく、「寅さん、迷惑なら言ってくれればいいのに。これからどうして生きていくか、一人で考えます」との置手紙があった。数日後。とらやでは、家族を集めて、寅が大阪の思い出話をしていた。そこへ、突然ふみがとらやを訪ねてきた。ふみは芸者をやめ、結婚して故郷の島で暮らすことを報告に来たのだ。「お前ならきっといいおかみさんになれるよ」と哀しみをこらえて、明るく励ます寅次郎だった。


 後期の『男はつらいよ』は、大人の寅さんが実にカッコ良く、マドンナが惚れても何ら不思議ではないイイ男なのだ。本作は大阪・通天閣のお膝元、新世界が舞台。寅さんのお母さんが関西人(『続男はつらいよ』のミヤコ蝶々の好演が印象に残る)であるにも関わらず、大阪が舞台となるのは珍しい。確かに、根っからの江戸っ子気質の寅さんが関西人を好きになるとは思えない。新世界の安ホテルで長居する寅さんとホテルの経営者を演じる芦屋雁之介のやり取りが絶妙で実に楽しい。さらに、その安ホテルに入り浸っている客に笑福亭松鶴を迎え、何かよくわからないけど朝から晩までロビーの安っぽい長椅子に横になっていたり、客や主人を冷やかしたりする変な人を好演。まさにホテルシーンが“東西喜劇人対決”といったところで見応え十分なのである。
 さて、メインとなる寅さんの恋愛だが、今回は、寅さんがフッたのかフラレたのか…これまた微妙なライン。本作が寅さんデビューとなる松坂慶子のマドンナは、きっぷの良い大阪芸者。浅丘ルリ子のリリーや大地喜和子のぼたんのように、寅さんと同じ浮き草稼業の人間だ。今までの寅さんは、同じ世界に生きるマドンナを仲間として見てしまい、惚れた晴れたの対象として見ない傾向がある。本作でも、同様で寅さんは、この世界で生きる人間(特に女性)が背負ってきた人生の悲しみを理解できるからこそ、浮かれた気持ちで接する事が出来ないのだろう。弟との再会を果たせなかった彼女が、寅さんのホテルに酔っ払ってやって来た時、酔いつぶれた彼女に、そっと布団を掛けてあげる…それが、寅さんなりの“男の美学”なのだ。観客は、かなりドギマギさせられたが、このシーンで寅さんは、また男を上げた。
 さて、実はそれ以上に鳥肌が立つほど寅さんがカッコイイ!!と思えるシーンがある。松坂慶子とデートを楽しんでいる寅さんだったが、彼女に生き別れの弟がいて、しかも居場所までハッキリしていながら「私が行ったら迷惑じゃないか?」と行きあぐねていると知るや否や「今から行こう!」と強引に引っ張って行くのだ(『続男はつらいよ』で、寅さんが生き別れの母親に会うため佐藤オリエ扮するマドンナに促された時の逆バージョンである事が面白い)。肝心なのは、ここから…。ようやく、彼女の弟が働いている工場を訪ねてみると弟は既に他界していた。取り乱した彼女は同僚たちに「どうして知らせてくれなかったのか!?」と当たり散らす(彼らはお姉さんがいたことすら知らなかったので無理もないのだが)のだが、寅さんはそんな彼女を優しく制しては、彼女に代わって同僚たちに深々と頭を下げる。凄い!こんなシーンを描いた山田監督と朝間義隆の脚本も凄いが、そんな優しさと凛々しさを兼ね備えた寅さんを演じた渥美清という俳優の懐の深さに感動してしまった。この寅さんがあるからこそ、前述した彼女に対する“男の美学”が生きてくる。彼女を幸せに出来る男となるために柴又へ帰った事が仇となり、寅さんにフラレたと思った彼女が他の男性と結婚するという皮肉なオチも含めて、本作の寅さんは全てがカッコイイ!いつもなら商売をしている寅さんの姿で終わるところを結婚した彼女の様子を見に訪ねる後日談を用意している粋なラストも心憎い。

「今は悲しいだろうけどさ…月日が経ちゃ、どんどん忘れて行くもんなんだよ。忘れるってのは、本当にイイ事だなぁ。」生き別れていたマドンナの弟が既に他界していた事を慰める寅さんのセリフだ。


レーベル: 松竹(株)
販売元: 松竹(株)
メーカー品番: DB-527 ディスク枚数:1枚(DVD1枚)
通常価格 3,591円 (税込)

昭和44年(1969)
男はつらいよ
続男はつらいよ

昭和45年(1970)
男はつらいよ
 フーテンの寅
新・男はつらいよ
男はつらいよ 望郷篇

昭和46年(1971)
男はつらいよ 純情篇
男はつらいよ 奮闘篇
男はつらいよ
 寅次郎恋歌

昭和47年(1972)
男はつらいよ 柴又慕情
男はつらいよ
 寅次郎夢枕

昭和48年(1973)
男はつらいよ
 寅次郎忘れな草
男はつらいよ
 私の寅さん

昭和49年(1974)
男はつらいよ
 寅次郎恋やつれ
男はつらいよ
 寅次郎子守唄

昭和50年(1975)
男はつらいよ
 寅次郎相合い傘
男はつらいよ
 葛飾立志篇

昭和51年(1976)
男はつらいよ
 寅次郎夕焼け小焼け

男はつらいよ
 寅次郎純情詩集

昭和52年(1977)
男はつらいよ
 寅次郎と殿様
男はつらいよ
 寅次郎頑張れ!

昭和53年(1978)
男はつらいよ
 寅次郎わが道をゆく
男はつらいよ
 噂の寅次郎

昭和54年(1979)
男はつらいよ
 翔んでる寅次郎
男はつらいよ
 寅次郎春の夢

昭和55年(1980)
男はつらいよ 寅次郎ハイビスカスの花
男はつらいよ
 寅次郎かもめ歌

昭和56年(1981)
男はつらいよ
 浪花の恋の寅次郎

男はつらいよ
 寅次郎紙風船

昭和57年(1982)
男はつらいよ
 寅次郎あじさいの恋

男はつらいよ
 花も嵐も寅次郎

昭和58年(1983)
男はつらいよ
 旅と女と寅次郎
男はつらいよ
 口笛を吹く寅次郎

昭和59年(1984)
男はつらいよ
 夜霧にむせぶ寅次郎
男はつらいよ
 寅次郎真実一路

昭和60年(1985)
男はつらいよ
 寅次郎恋愛塾
男はつらいよ
 柴又より愛をこめて

昭和61年(1986)
男はつらいよ
 幸福の青い鳥

昭和62年(1987)
男はつらいよ 知床慕情
男はつらいよ
 寅次郎物語

昭和63年(1988)
男はつらいよ
 寅次郎サラダ記念日

平成1年(1989)
男はつらいよ
 寅次郎心の旅路
男はつらいよ
 ぼくの伯父さん

平成2年(1990)
男はつらいよ
 寅次郎の休日

平成3年(1991)
男はつらいよ
 寅次郎の告白

平成4年(1992)
男はつらいよ
 寅次郎の青春

平成5年(1993)
男はつらいよ
 寅次郎の縁談

平成6年(1994)
男はつらいよ
 拝啓 車寅次郎様

平成7年(1995)
男はつらいよ
 寅次郎紅の花

平成9年(1997)
男はつらいよ 寅次郎ハイビスカスの花 特別篇




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