男はつらいよ 知床慕情
“愛してるよ”とその女の前で言えなくちゃ、男は惚れてることにはならないのでございます。

1987年 カラー シネマスコープ 107min 松竹(大船撮影所)
製作 島津清、深澤宏 企画 小林俊一 監督、脚本、原作 山田洋次 脚本 朝間義隆 
撮影 高羽哲夫 音楽 山本直純 美術 出川三男 録音 鈴木功 照明 青木好文 編集 石井巌
出演 渥美清、倍賞千恵子、竹下景子、三船敏郎、淡路恵子、下條正巳、三崎千恵子、前田吟、美保純
吉岡秀隆、太宰久雄、佐藤蛾次郎、笠智衆、イッセー尾形、すまけい、冷泉公裕、赤塚真人
油井昌由樹、笹野高史、関敬六


 夏の短い北海道・知床を舞台に、寅次郎とそこに住む獣医の娘との恋物語が、伸びやかに切なく描かれる。今回のマドンナには『男はつらいよ口笛を吹く寅次郎』に続き2度目の出演となる竹下景子が再登場。さらに彼女の父親であり、偏屈者の獣医を演じたのが、日本が世界に誇る国際スター三船敏郎。そして20年ぶりの映画出演となる名女優・淡路恵子が地元のスナックのママであり、三船に恋心を抱いている女性を堂々と演じている。いつもの寅さんシリーズとは異なる超豪華スターの共演で、特に三船と淡路のツーショットは黒澤明の名作『野良犬』を彷彿とさせる心憎い配役となっている。ちなみに渥美清と三船の共演は1963年の『太平洋の翼』以来となる。寅次郎の恋物語と平行して、三船と淡路との恋物語も描かれており、寅さんの恋愛指南は従来の若者からシニアに向けられたのも斬新な企画であった。山本直純の音楽と高羽哲夫のカメラワークが夏の北海道のイメージを余す事無く再現している。本作において三船は毎日映画コンクール助演男優賞を受賞している。


 久しぶりに寅次郎(渥美清)が“とらや”に帰ると竜造(下條正巳)が入院のため休業中だった。翌日から店を開けるというつねに、寅次郎は手伝いを買って出るが勤まらず、口論の末、飛び出してしまう。北海道の知床にやって来た寅次郎は、武骨な獣医・上野順吉(三船敏郎)が運転するポンコツのライトバンに乗ったのが縁で彼の家に泊ることになる。順吉はやもめ暮らしで、この町のスナック“はまなす”のママ・悦子(淡路恵子)が洗濯物などの世話をやいていた。そんなある日、順吉の娘・りん子(竹下景子)が戻って来た。駆け落ちして東京で暮らしていたが、結婚生活に破れて傷心で里帰りしたのだ。寅次郎たちは暖かく迎えたが、父親の順吉だけが冷たい言葉を投げつけるが、寅次郎のおかげで深い溝のあった親子の間も少しずつ緩和されていく。ある日バーベキュー・パーティの席上で、悦子が店をたたんで故郷に帰る決心であることを告げる。順吉が突然意義を唱え、寅次郎は「勇気を出して理由を言え」とたきつける。順吉は端ぐように「俺が惚れてるからだ」と言い放った。悦子の目にみるみる涙が溢れる。船長が「知床旅情」を歌い出し全員が合唱した。寅次郎はりん子に手を握られているのに気づき身を固くした。その晩“はまなす”では宴会が開かれ、順吉と悦子は結婚することになった。翌朝、寅次郎が別れも告げずに旅立ってしまうのだった。


 シリーズ中で、リリー編に次ぐ高い評価(シリーズ後期の最高傑作だと思う!)を得ている本作。世界のミフネ・三船敏郎を迎えて美しい知床の大自然を背景に三船演じる無骨な獣医と彼の世話をしてくれてる淡路恵子演じるスナックのママさんとの恋と、竹下景子演じる娘と寅さんの2つの恋の行方を叙情豊かに描いている。今まで寅さんは自分より若い男に恋愛の指南をしてあげていたが(それが、的確か否かは別として…)、本作のように自分より年上のオヤジさんに恋の手ほどきをしてあげるのは初めてだ。いつの間にか寅さんのペースに飲み込まれてしまう三船の演技は、“さすが上手いなぁ〜”と感心しっぱなし。町の若者たちから頑固なため、敬遠され嫌われている獣医が、寅さんを頼りきる姿はワクワクするほど楽しい。父親の反対を振り切り、東京の男の元へ嫁いでしまった娘との確執を取っ払ってしまう寅さんの活躍(本人は活躍しているつもりは無いのだが…)が前半の見せ場。結婚に失敗して戻ってきた娘に優しい言葉ひとつ掛けられず、むしろ不本意な皮肉を言ってしまい、そんな自分自身にイラつく不器用な父親の気持ちが少ないセリフから切ない程、ヒシヒシ伝わってくる。寅さんは、その様子を横で見ていて父親を「はぁ〜だからダメなんだよ」と責める。冷静に考えたらかなり失礼な言葉で、説教するのだが、獣医は二人がいないところで「あぁ寅さんがいてくれて良かった」と大きく安堵する。寅さんの言う言葉は確かに辛辣なのだが、全て的を得ている上に、振り上げた拳を振り下ろす先が見えなくなっている人間にとっては、その拳を握り締めてくれる役割を果たしている゜似たようなシーンで13作『寅次郎恋やつれ』において、吉永小百合と宮口精二の父娘の対立を同じように、あっさりと解決に導いてしまった。寅さんの飾りのない言葉には、こうしたパワーがあるのだ。
 クライマックスは、スナックをたたんで町を出て行くママさんのために開いた送別バーベキュー会。はまなすの咲く高台で、遠くに青い空と海が広がる高羽哲男のカメラが冴える美しい場面だ。『男はつらいよ』シリーズが、これまで幾度となく描いてきた地方の現実…町を離れていかざるを得ない厳しい状況をまざまざと見せつける。漁獲高の減少に伴い漁師が町を捨てて(出て行く…という表現ではない)町の機能が果たさなくなり、さびれていく。“知床の自然を守る会”の青年たちも、その現実をよく理解しており、国が地方を切り捨てている中で明るく振る舞う若者たちの姿を描く事で、山田監督は厳しい現状を明確に浮かび上がらせている。そんな中で、三船敏郎の獣医は「よし!言ってやる!」と一大決心して、淡路恵子のママさんに最高のプロポーズをするのだ。そう…最後は、人と人なのだ…と言わんばかりの打算は一切無い純粋な愛が描かれているのに大いに感動してしまった。寅さんが何故、再び旅立ってしまったのか…定かではないが、マドンナは間違いなく寅さんに惹かれていたはずだし、寅さんもまた彼女に特別な感情を抱いていたのは想像するに難しくない。しかし、寅さんは婚約パーティーの夜に出て行く…そして竹下景子もやはり、東京に戻ってしまう。ラストに厳しい現実を付け加えたのは、山田監督のささやかな国に対する抗議だったのかも知れない。

「勇気を出して言え。今、言わなかったらな、おじさん…一生死ぬまで言えないぞ。」三船敏郎演じる堅物の獣医に寅さんが恋の指南をする名シーンで言うセリフ。


レーベル: 松竹(株)
販売元: 松竹(株)
メーカー品番: DB-538 ディスク枚数:1枚(DVD1枚)
通常価格 3,591円 (税込)

昭和44年(1969)
男はつらいよ
続男はつらいよ

昭和45年(1970)
男はつらいよ
 フーテンの寅
新・男はつらいよ
男はつらいよ 望郷篇

昭和46年(1971)
男はつらいよ 純情篇
男はつらいよ 奮闘篇
男はつらいよ
 寅次郎恋歌

昭和47年(1972)
男はつらいよ 柴又慕情
男はつらいよ
 寅次郎夢枕

昭和48年(1973)
男はつらいよ
 寅次郎忘れな草
男はつらいよ
 私の寅さん

昭和49年(1974)
男はつらいよ
 寅次郎恋やつれ
男はつらいよ
 寅次郎子守唄

昭和50年(1975)
男はつらいよ
 寅次郎相合い傘
男はつらいよ
 葛飾立志篇

昭和51年(1976)
男はつらいよ
 寅次郎夕焼け小焼け

男はつらいよ
 寅次郎純情詩集

昭和52年(1977)
男はつらいよ
 寅次郎と殿様
男はつらいよ
 寅次郎頑張れ!

昭和53年(1978)
男はつらいよ
 寅次郎わが道をゆく
男はつらいよ
 噂の寅次郎

昭和54年(1979)
男はつらいよ
 翔んでる寅次郎
男はつらいよ
 寅次郎春の夢

昭和55年(1980)
男はつらいよ 寅次郎ハイビスカスの花
男はつらいよ
 寅次郎かもめ歌

昭和56年(1981)
男はつらいよ
 浪花の恋の寅次郎

男はつらいよ
 寅次郎紙風船

昭和57年(1982)
男はつらいよ
 寅次郎あじさいの恋

男はつらいよ
 花も嵐も寅次郎

昭和58年(1983)
男はつらいよ
 旅と女と寅次郎
男はつらいよ
 口笛を吹く寅次郎

昭和59年(1984)
男はつらいよ
 夜霧にむせぶ寅次郎
男はつらいよ
 寅次郎真実一路

昭和60年(1985)
男はつらいよ
 寅次郎恋愛塾
男はつらいよ
 柴又より愛をこめて

昭和61年(1986)
男はつらいよ
 幸福の青い鳥

昭和62年(1987)
男はつらいよ 知床慕情
男はつらいよ
 寅次郎物語

昭和63年(1988)
男はつらいよ
 寅次郎サラダ記念日

平成1年(1989)
男はつらいよ
 寅次郎心の旅路
男はつらいよ
 ぼくの伯父さん

平成2年(1990)
男はつらいよ
 寅次郎の休日

平成3年(1991)
男はつらいよ
 寅次郎の告白

平成4年(1992)
男はつらいよ
 寅次郎の青春

平成5年(1993)
男はつらいよ
 寅次郎の縁談

平成6年(1994)
男はつらいよ
 拝啓 車寅次郎様

平成7年(1995)
男はつらいよ
 寅次郎紅の花

平成9年(1997)
男はつらいよ 寅次郎ハイビスカスの花 特別篇




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