男はつらいよ 寅次郎あじさいの恋
このたびの恋は寅次郎にとってちょっぴりきつうございました。

1982年 カラー シネマスコープ 110min 松竹(大船撮影所)
製作 島津清、佐生哲雄 企画 小林俊一 監督、脚本、原作 山田洋次 脚本 朝間義隆 撮影 高羽哲夫
音楽 山本直純 美術 出川三男 録音 鈴木功 照明 青木好文 編集 石井巌
出演 渥美清、倍賞千恵子、いしだあゆみ、片岡仁左衛門、下條正巳、三崎千恵子、前田吟、吉岡秀隆
太宰久雄、佐藤蛾次郎、笠智衆、柄本明、津嘉山正種、杉山とく子、関敬六


 「一作一作、新しい作品を創る気持ちで」という山田洋次監督を中心としたスタッフ、キャストの合い言葉を具現化した今まで見た事がない寅次郎の物語が展開されている。山田監督曰く「本作は、寅さんの女難の巻である。寅のようなもてない男にも、たまにはこういう夢のような出来事との遭遇があるのかも知れない」という通り、フラレ続けて来た寅次郎が、初めてマドンナに言い寄られるのである。京都の加茂川から港町・丹後へと寅次郎に積極的に迫る女性を演じたのは演技派いしだあゆみ。日本屈指の陶芸家の身の回りの世話をしていた女性が寅次郎の優しさに絆されて好意へと変わっていく様を丹念に描き上げている。人間国宝の陶芸家に歌舞伎界の大御所・片岡仁左衛門が飄々とした味わい深い演技を披露している。日本ならではの美しさを持つ古都・京都から丹後路、そして鎌倉へと初夏の瑞々しい風景を捉えているのはカメラマン高羽哲夫。寅次郎の本質を明示するリアルな感覚の山田監督による演出も見逃せない。


  葵祭でにぎわう京都の加茂川で、寅次郎(渥美清)は、ひとりの老人と知り合った。孤独な感じの老人に寅次郎は声をかけ慰め、それがうれしかったらしく老人は先斗町の茶屋に寅次郎を誘った。老人は加納(片岡仁左衛門)という人間国宝クラスの陶芸家だった。翌朝、寅次郎は加納の家で目がさめ、そこで加納家のお手伝い・かがり(いしだあゆみ)と会う。かがりは丹後の生まれで、夫は五年前に病死、故郷に娘を置いてきている。かがりは、かつて加納の弟子の蒲原(津嘉山正種)に心を寄せていたが、蒲原は他の女性と結婚するという。それに対して、何も言わないかがりを加納は責めてしまう。そして、かがりは丹後へ帰ってしまう。寅次郎はそんなかがりを勇気づけようと丹後を訪れる。その夜、偶然二人きりになってしまった寅次郎は、まんじりともしない一夜を過ごした。そのことを気にしつつ、東京に帰った寅次郎の元に、かがりが訪ねて来た。帰りぎわに鎌倉の紫陽花で有名な寺で待っているという手紙をにぎらされた寅次郎は、甥の満男を一緒に連れて出かけた。かがりは胸のうちを寅次郎に打ち明けるチャンスもなく、そのまま丹後に帰ってしまった。かがりの心を知りながらそれに応えられない哀しさを酒でまぎらわそうとした寅次郎に、さくらは「かがりさんは、お兄ちゃんが好きだったのでは」と言う。数日後、さくらのもとにかがりから故郷で元気に働いているとの便りが来るのだった。


 本当における寅さんは、“ダメな男”として描かれている。いや、『男はつらいよ』が始まってから、寅さんは“ダメな男”なのだが、定住せず、その日暮らしの浮き草稼業で、おいちゃんたちに心配を掛けっぱなしの“ダメな男=困った男”という意味ではない。マドンナの視点から、女性に対して“からっきし意気地がないダメな男”という事である。言い換えれば優柔不断と言っても良いだろう。今回のマドンナいしだあゆみ演じる丹後女・かがりは、陶芸家(歌舞伎界の大御所・片岡仁左衛門がイイ味を出している)の工房で働くシングルマザーだ。こうしたシチュエーションのマドンナはかつて何人も登場したが、以前のマドンナたちは女である前に母であった。子供と一緒に生きていく彼女たちの前で成す術もなく自ら玉砕していた寅さんだったが本作のかがりは違う…寅さんに対して女の部分を見せるのだ。
 今回、高羽哲男のカメラは、マドンナの足下に焦点を当てているのが特徴的だ。陶芸家の家に泊まった寅さんの部屋に浴衣を持って襖を開けたいしだあゆみの足下から始まる。そして、失恋した痛手から丹後に帰った彼女を寅さんが励ましに訪れた時、彼女の女としての性に寅さんの優しさが火を付ける事になる。夜、二人で酒を酌み交わしている時、しなを作る彼女のスカートの間から白く細い足が見える。そこで何故か、寅さんは我に返り眠くなったと早々に寝床に引っ込んでしまうのだ。そして、ここからがシリーズ始まって以来のマドンナとの間で緊張感溢れるシーンが展開される。悶々と眠れぬ寅さんの耳に階段のきしむ音…次の瞬間寝たフリを決め込む。そして、「寅さん寝たの?」と言いながら襖を開ける彼女の足下。二人の出会いのシーンが違った形でリフレインされる上手さ。いしだあゆみの足だけのアングルで彼女の心情を全て物語ってしまうのだ。この5分足らずのシーンに劇場内は凍りついたように張り詰めた空気が流れていた。本作の寅さんはとにかく逃げに徹しており、マドンナの幸せを考える以前に、太刀打ち出来ずうろたえるだけなのだ。しかし、恋をしていく限りは、こうした状況にだってぶつかるのは当たり前で、山田監督は従来のマンネリズムを破壊する事を楽しんでいるようでもある。
 北野武ブルーならぬ、今回の『男はつらいよ』は大人の男と女のドラマらしく全体的に青のコントラストが強い画像になっているのも珍しい。マドンナの住む丹後の港町から見える波光煌めく海の青が実に美しかった。珍しい点で、もうひとつ忘れてはならないのは本作のオープニングクレジット。筆者はシリーズ1のオープニングと思っている程、詩情豊かに寅さんの郷愁の想いを表しているのだ。オープニングで、まだスタッフ、キャストのクレジットが続いている途中で、珍しく渥美清のデートソングに間奏が入り、湖の畔で絵はがきを書いている寅さんが映し出される。寅さんは“懐かしい”という漢字を忘れて近くにいた絵を描く紳士に綴りを聞く。口で言われても分からないから、その男性に代わりに書いてもらう。会話を交わしている内に、次第に故郷・柴又への思いが高ぶってくる寅さんが手に取るように解る。そして、その男性が「君の故郷はどこなんだ?」と尋ねると満面の笑みで胸を張って「俺の故郷は葛飾・柴又よ」と答えるところで、早々と目が潤んでしまうのだ。

「私が会いたいなぁ…と、思っていた寅さんは、もっと優しくて、楽しくて、風に吹かれるタンポポの種みたいに自由で気ままで…。そやけど、あれは旅先の寅さんやったんやね。」寅さんと再会したかがりが、尻込みする寅さんに向かってつぶやくセリフ。う〜ん…大人の恋愛映画だ。


レーベル: 松竹(株)
販売元: 松竹(株)
メーカー品番: DA-529 ディスク枚数:1枚(DVD1枚)
通常価格 3,591円 (税込)

昭和44年(1969)
男はつらいよ
続男はつらいよ

昭和45年(1970)
男はつらいよ
 フーテンの寅
新・男はつらいよ
男はつらいよ 望郷篇

昭和46年(1971)
男はつらいよ 純情篇
男はつらいよ 奮闘篇
男はつらいよ
 寅次郎恋歌

昭和47年(1972)
男はつらいよ 柴又慕情
男はつらいよ
 寅次郎夢枕

昭和48年(1973)
男はつらいよ
 寅次郎忘れな草
男はつらいよ
 私の寅さん

昭和49年(1974)
男はつらいよ
 寅次郎恋やつれ
男はつらいよ
 寅次郎子守唄

昭和50年(1975)
男はつらいよ
 寅次郎相合い傘
男はつらいよ
 葛飾立志篇

昭和51年(1976)
男はつらいよ
 寅次郎夕焼け小焼け

男はつらいよ
 寅次郎純情詩集

昭和52年(1977)
男はつらいよ
 寅次郎と殿様
男はつらいよ
 寅次郎頑張れ!

昭和53年(1978)
男はつらいよ
 寅次郎わが道をゆく
男はつらいよ
 噂の寅次郎

昭和54年(1979)
男はつらいよ
 翔んでる寅次郎
男はつらいよ
 寅次郎春の夢

昭和55年(1980)
男はつらいよ 寅次郎ハイビスカスの花
男はつらいよ
 寅次郎かもめ歌

昭和56年(1981)
男はつらいよ
 浪花の恋の寅次郎

男はつらいよ
 寅次郎紙風船

昭和57年(1982)
男はつらいよ
 寅次郎あじさいの恋

男はつらいよ
 花も嵐も寅次郎

昭和58年(1983)
男はつらいよ
 旅と女と寅次郎
男はつらいよ
 口笛を吹く寅次郎

昭和59年(1984)
男はつらいよ
 夜霧にむせぶ寅次郎
男はつらいよ
 寅次郎真実一路

昭和60年(1985)
男はつらいよ
 寅次郎恋愛塾
男はつらいよ
 柴又より愛をこめて

昭和61年(1986)
男はつらいよ
 幸福の青い鳥

昭和62年(1987)
男はつらいよ 知床慕情
男はつらいよ
 寅次郎物語

昭和63年(1988)
男はつらいよ
 寅次郎サラダ記念日

平成1年(1989)
男はつらいよ
 寅次郎心の旅路
男はつらいよ
 ぼくの伯父さん

平成2年(1990)
男はつらいよ
 寅次郎の休日

平成3年(1991)
男はつらいよ
 寅次郎の告白

平成4年(1992)
男はつらいよ
 寅次郎の青春

平成5年(1993)
男はつらいよ
 寅次郎の縁談

平成6年(1994)
男はつらいよ
 拝啓 車寅次郎様

平成7年(1995)
男はつらいよ
 寅次郎紅の花

平成9年(1997)
男はつらいよ 寅次郎ハイビスカスの花 特別篇




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