夜叉
やさしさを危険な香りにそめて―男はひとり、人生はふたつ…。

1985年 カラー ビスタビジョンサイズ 128min グループ・エンカウンター、東宝
プロデューサー 島谷能成、市古聖智 監督 降旗康男 脚本 中村努 撮影 木村大作 照明 安河内央之
音楽 佐藤允彦、トゥーツ・シールマンス 美術 今村力 録音 紅谷愃一 編集 鈴木晄
出演 高倉健、いしだあゆみ、乙羽信子、田中裕子、ビートたけし、田中邦衛、あき竹城、奈良岡朋子
小林稔侍、大滝秀治、檀ふみ、寺田農、下絛正巳、真梨邑ケイ


 今は漁師として生活している男のヤクザであったという過去と揺れ動く愛を描く。激しく美しい冬の日本海に面した日向という漁村でロケーションを敢行し緻密な映像によって奥深い人間ドラマが描き上げられている。『ひとごろし』の脚本家・中村努が企画の市古聖智と作り上げたオリジナル脚本を元に、『冬の華』『駅 STATION』『居酒屋兆治』で高倉健とコンビを組んできた名匠・降旗康男が監督を務める。高倉健が東映の任侠映画を彷彿とさせるアクションと夜叉の刺青が話題となったが、現代感覚のヤクザ社会から足を洗った男の悲哀を降旗監督は作り上げた。共演は、不思議な色気で漁師町に現れる小料理屋の女将に田中裕子、その情夫役に『戦場のメリークリスマス』で名演技を披露したビートたけし。また、『駅 STATION』に続く健さんと二度目の共演となるいしだあゆみ、健さんと息の合った演技を今回も見せる田中邦衛と豪華な顔ぶれが揃っている。撮影を担当している木村大作は降旗監督と製作グループを設立して、映画界の枠を超えてプロフェッショナルたちを集める事に成功した。照明監督・安河内央之による漁村の淡い光とミナミの眩い光のコントラストが出演者を引き立たせている。本作は日本アカデミー賞の助演男優賞、助演女優賞、撮影賞、照明賞、美術賞、録音賞などを受賞している。


  日本海に面した小さな漁港で、漁師として働く修治(高倉健)は15年前に大阪ミナミでのヤクザから足を洗い、妻の冬子(いしだあゆみ)と三人の子供、そして冬子の母うめ(乙羽信子)と静かな生活を送っていた。修治の過去の名残りは背中一面の夜叉の刺青で、冬子とうめ以外は誰も知らない。冬、ミナミから螢子(田中裕子)という女が流れてきて小料理屋を開いた。数カ月後、螢子のもとに矢島(ビートたけし)という男がやってきた。矢島は漁師たちを賭け麻雀で誘い込み、覚醒剤を売りつけていた。修治の脳裡には覚醒剤がもとで死んだ妹の辛い思い出がよぎった。修治は螢子にシャブを隠した方がいいと忠告、いわれた通りにした螢子を、矢島は包丁を持って追いかけた。止めに入った修治のシャツを矢島の包丁が斬り裂いた。隠し続けた背中一面の刺青がむき出しにされ、修治の過去はたちまち街中に知れ渡った。その後、矢島はシャブの代金を払えなくなり連れ去られ、螢子は矢島を助けてほしいと修治に頼んだ。ミナミにのり込んだ修治は組織から矢島を取り戻したものの、矢島は修治の弟分に殺されてしまう。ひっそりと漁村に帰ってくる修治、そしてミナミに帰っていく螢子。列車の中で、螢子は夜叉・修治の子を身篭もっていることに気がついた。


 本作のラッシュ試写の際に、本作を高倉健の集大成だ…と大半の関係者は口を揃えたという。それは何となく分かる気がする。東映任侠映画で一世を風靡した昭和40年代から、昭和50年代に入ると人間ドラマに重きを置いた健さんだったが、久しぶりに極道の世界に戻って来た時…実は、時代も健さん自身も随分、変わっていたんだな。既に「切った張った」の時代は終わりを迎えて久しく、損得だけで価値観を見いだす現代で花田秀次(『昭和残侠伝』の健さんの役目)の居場所は無いのだ。ヤクザの世界に見切りをつけて、敦賀で漁師になった主人公だったが、ある事件をキッカケに、また修羅の世界へ舞い戻ってしまう。タイトルの“夜叉”とは主人公の背中に彫られた入れ墨を指す。この彫り物が物語のキーとなるわけだ。静かな漁師町に事件を起こすのがビートたけし演じるチンピラ。この人は、この手のひとクセある役をやらせたら最高だ。バラエティー番組でもそうだが、相手の視線を外して挙動不審な笑顔を見せる素顔が、気の弱いチンピラにぴったりなのだ。かつては『幸福の黄色いハンカチ』で田中邦衛以来の良きパートナー武田鉄矢と巡り合ったが、本作でまた新しいパートナーか誕生したようである。(残念ながら、この後、たけしは監督業に専念してこれっきりになってしまったが…)
 時代は変わり、ヤクザもスタイリッシュな生き様こそが“男の美学”となってしまったのか?明らかに本作は、健さんの集大成と言いつつも、今までの役柄と大きく異なっていた。小洒落たバーでチークダンスを踊り、テンガロンハットを目深に被った健さんが本作の回想シーンに登場する。それだけでもファンはショックなのに、漁師町で小料理屋を営む田中裕子演じる女将と一晩の関係を結んでしまう。それまで、ストイックな役が多かっただけにファンの心理としては、かなり複雑なものがある。思い返せば、『駅』の冒頭で不貞を冒した妻(本作と同じく、いしだあゆみが扮する)を許す事が出来ない健さんに比べると、かなり擦れてしまったようだ。しかし、それは過去を切り離そうとしても、結局は背中の夜叉が逃してくれずに過去へと舞い戻ってしまう象徴的な行動に過ぎない。
 作品の中で、2つの世界で揺れ動く元ヤクザの苦悩を見事に表現しているのが、港と小料理屋の間に架かる橋だ。この橋はロケ地に実在する太鼓橋という橋で、言わば“あっちの世界とこっちの世界”の境界線なのだ。勿論、橋向こう側は都会からやって来た田中裕子扮する螢子が営む小料理屋のある場所だ。橋を渡れば浮き世の風が吹く…正に港町ブルースの世界だが降旗監督は、一本の橋を使って素晴らしい人間ドラマを作り上げてしまった。時に、夜叉の怪しい顔にも見える田中裕子の妖艶さに対して、いしだあゆみが菩薩のように清楚な妻を好演。陰と陽の女性の間で揺れ動く男の心理を中村務の脚本がしっかりと描き切っていた。全編、雪景色の港町を安河内央之による抑えたライティングと、ダイナミックな木村大作のカメラが情緒豊かにフレームに収めていた。

「あの人の夜叉…背中にあるのと違う。あの人の心の中に住んどるんじゃ」忘れようと思っても人間の根本的な部分はどうにもならないのか。


レーベル:東宝(株)
販売元:東宝(株)
メーカー品番: TDV-15006D ディスク枚数:1枚(DVD1枚)
通常価格 4,253円 (税込)

昭和58年(1983)
居酒屋兆治

昭和60年(1985)
魔の刻
夜叉

昭和61年(1986)
ザ・サムライ
ノイバウテン 半分人間
ビリィ★ザ★ギッドの新しい夜明け

昭和62年(1987)
新宿純愛物語
ロビンソンの庭

昭和63年(1988)
1999年の夏休み
海へ See You

平成1年(1989)
キスより簡単
風の又三郎
バカヤロー!2
 幸せになりたい
cfガール

平成2年(1990)
われに撃つ用意あり

平成3年(1991)
あいつ
無能の人
王手

平成4年(1992)
寝盗られ宗介

平成5年(1993)
月はどっちに出ている
ヌードの夜

平成6年(1994)
夢魔
RAMPO奥山監督版
119

平成7年(1995)
RAMPOインターナショナルVer
人でなしの恋

平成8年(1996)
男たちのかいた絵

平成9年(1997)
秋桜
東京日和

平成10年(1998)
秘祭
元気の神様

平成11年(1999)
白痴
黒の天使 Vol.2

平成12年(2000)
フリーズ・ミー
ホーム・スイートホーム

平成13年(2001)
連弾
DRUGドラッグ
TOKYO G.P.

平成14年(2002)
およう
黄昏流星群
 星のレストラン

平成15年(2003)
ホーム・スイートホーム2 日傘の来た道

平成16年(2004)
花と蛇
サヨナラCOLOR

平成17年(2005)
ゴーヤーちゃんぷるー

平成18年(2006)
おばちゃんチップス
旅の贈りもの0:00発

平成21年(2009)
山形スクリーム




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