白痴
人は、堕ちて、愛を識る。

1999年 カラー ビスタサイズ 146min 手塚プロダクション
製作 松谷孝征 企画 松谷孝征 監督、脚色 手塚眞 原作 坂口安吾 撮影 藤澤順一 照明 安河内央之
音楽 橋本一子 美術 磯見俊裕 録音 浦田和治 編集 和田至亮  衣裳デザイン 伊藤佐智子
出演 浅野忠信、甲田益也子、橋本麗香、草刈正雄、藤村俊二、江波杏子、原田芳雄、あんじ
松岡俊介、小野みゆき、荒井紀人、川村かおり、櫻田宗久、水島かおり、並樹史朗、岡田眞澄
筒井康隆、内藤誠、石上三登志、泉谷しげる、桜井センリ、伊武雅刀、永瀬正敏、林海象
YOU、サンプラザ中野、エスパー清田益章、島田雅彦、サエキけんぞう


  戦後の無頼派作家・坂口安吾と新世代のヴィジュアリスト・手塚眞。交錯することのない二つの才能が時代を越えてめぐり会った。人間再生の可能性を問うテーマの深さ、そしてその壮大さゆえに映画化が不可能とされて来た傑作文学を徹底した映像美で新しい解釈の作品として蘇らせた。長引く戦争で荒廃した街には自堕落な路地裏と虚飾に満ちたファシズムの世界が横たわる。そこに住む主人公を浅野忠信、無垢と神秘的なヒロインにはカリスマ的人気を誇るモデルでありミュージシャンの甲田益也子、そして危うさと儚さを内包したアイドルに本作が映画デビューとなる橋本麗香が各々扮している。物語の主要舞台となる街は、新潟県の信濃川河口に15000uのオープンセットが組まれ、そこに各界の第一線で活躍する才能が集結した。幻想的な美術装飾品は絵画・音楽と幅広く活躍する恒松正敏が手掛け、舞台やコンサートの衣装を手掛ける伊藤佐智子が過去と未来を象徴する衣裳を完成させた。また『月はどっちに出ている』で高い評価を得た藤澤順一のカメラと『RAMPO』『東京日和』の照明・安河内央之が作り上げたライティングが、手塚眞の映像世界に奥行きを与えている。


  過去とも未来ともつかぬ終末戦争下の日本。テレビ局・メディアステーションにADとして勤務する青年・伊沢(浅野忠信)は、娼婦やスリ、大陸浪人たちが暮らす長屋が並ぶ薄汚い下町に間借りしている。今、彼が担当しているのは、カリスマ・アイドル、銀河(橋本麗香)が出演する低俗で虚飾に満ちた歌謡番組「帝国スペシャル」。銀河のサディスティックともとれる言動に振り回されるスタッフの中にあって、伊沢だけは彼女のわがままを超然と受け流していた。しかしその態度が災いして、彼は銀河のいじめの格好の標的になってしまう。ある日、伊沢の部屋の押し入れに、隣家に住む木枯(草刈正雄)の知的障害者の妻・サヨ(甲田益也子)が忍び込んできた。彼女を匿い、秘密の生活を送る伊沢。戦争にも仕事にも疲れ果て自殺願望のあった彼にとって、サヨだけが救いとなり、安らぎとなっていく。そんな伊沢に、プロデューサーの野村が映画の話を持ちかけてきた。映画製作を夢見ていた彼は、知的障害者と暮らす小説家のシナリオを書き上げるが、銀河を主役にするという野村に不信感を抱き、自らその話を辞退してしまう。それからしばらくして、伊沢の住む町の上空にも爆撃機が現れるようになり、爆撃が開始される。サヨの手を取り、山へ逃げ延びる伊沢。彼はそこでサヨと共に再生する幻を見る…。


 本作は、黒こげの死体が散乱している瓦礫の中で子供が泣いている衝撃的なシーンから始まる。それは、一体いつの時代の戦争なのか…。そもそも、ここは日本なのか…。大規模な廃墟と化した街のオープンセットは、あまりにリアルで、まるで死臭が漂ってきそうだ。手塚眞が作り出したパラレルワールドは、父・手塚治虫の名作“メガロポリス”にインスパイアされているようにも思えたが、考え過ぎだろうか?(ある意味、寺山修司や泉鏡花的とも言える)手塚監督は過去でも未来でもない異空間を作り上げる事で自由な表現手法を可能としたのだ。モノトーンの陰惨な映像の中に突如、出現する強烈な原色イエローの衣装を身にまとったモデルたち。空爆の死体が転がっている横で、まるで別世界のような消費の象徴としたCM撮影が行われている衝撃なシーンが続く。それは、特別に作り出した不条理な世界ではなく、現実の世界(例えば、日本の隣の北朝鮮の貧困だったりとか…)で、いま起きている事実だ。前述したように、過去でも未来でもない世界を舞台にした事で、人間の愚行は「今も昔も変わらない…」と手塚監督は主張したかったのかとも思える。
 主人公・伊沢を演じる浅野忠信のモノローグと共に映し出される下町の風景が印象的で、脱色したような乾いた映像(なのに温かみのある)が新鮮だった。退廃的な美しさを兼ね備えるこれらのシーンを完成させたのは、美術・磯見俊祐が手掛けた長屋のセットを照明・安河内央之による絶妙な光と影のライティングに因るところが大きい。中でも主人公が住む下宿の部屋を藤澤順一の固定カメラが捉えた画面構成は完璧。卓袱台と押入(この押入が後半、重要な役割を果たす)と首吊り用のロープが微妙な計算の上に配置されているのだ。
 主人公の視線から見た住人たちが描かれる前半は実にユニーク。原作のイメージを損なわない的確なキャスティングが登場人物たちに命を吹き込む事に成功している。中でも特筆すべきは伊沢の隣家に住む白痴の女性サヨを演じた甲田益也子だ。彼女の白痴ぶりはフェリーニの“道”に出演したジュリエッタ・マンシーナ以上の名演技だったと思う。もう一人、忘れてはならないのがカリスマ的アイドルで強烈なサディストの銀河を演じた橋本麗香だ。いたいけな笑顔の奥底に潜む狂気を見事に体現。劇中、彼女が出演している歌番組で披露するパフォーマンスに思わず感嘆のため息をついてしまった。手塚監督は前半に人間社会に対する批判を、後半にサヨと伊沢の無垢な関係を戦争という悲劇の中で育む姿を描いている。伊沢が働く軍国主義のプロレタリアアートをモチーフとしたテレビ局のシーンでは、氾濫する消費と情報化社会への痛烈なアンチテーゼが込められている。救いようのない時代の中で、いつも部屋に首吊りのロープをぶら下げて、いつでも死ぬ準備をしていた伊沢が、白痴のサヨのために必死に生きる道を模索するようになる。初めて必要とし合う相手と巡り会った二人が爆撃の中を手を取り合って逃げる姿に言い知れぬ感動を覚える。21世紀となった今こそ観直してもらいたい世紀末映画だ。

「一体、言葉は何物であろうか?何ほどの値打ちがあろうか?」さすが、ヴィジュアリスト手塚眞ならではのセリフ。浅野忠信扮する伊沢は手塚自身を投影しているのではないだろうか?


レーベル:バンダイビジュアル
販売元: バンダイビジュアル
メーカー品番: BCBJ-0963 ディスク枚数:1枚(DVD1枚)
通常価格 3,591円 (税込)

昭和58年(1983)
居酒屋兆治

昭和60年(1985)
魔の刻
夜叉

昭和61年(1986)
ザ・サムライ
ノイバウテン 半分人間
ビリィ★ザ★ギッドの新しい夜明け

昭和62年(1987)
新宿純愛物語
ロビンソンの庭

昭和63年(1988)
1999年の夏休み
海へ See You

平成1年(1989)
キスより簡単
風の又三郎
バカヤロー!2
 幸せになりたい
cfガール

平成2年(1990)
われに撃つ用意あり

平成3年(1991)
あいつ
無能の人
王手

平成4年(1992)
寝盗られ宗介

平成5年(1993)
月はどっちに出ている
ヌードの夜

平成6年(1994)
夢魔
RAMPO奥山監督版
119

平成7年(1995)
RAMPOインターナショナルVer
人でなしの恋

平成8年(1996)
男たちのかいた絵

平成9年(1997)
秋桜
東京日和

平成10年(1998)
秘祭
元気の神様

平成11年(1999)
白痴
黒の天使 Vol.2

平成12年(2000)
フリーズ・ミー
ホーム・スイートホーム

平成13年(2001)
連弾
DRUGドラッグ
TOKYO G.P.

平成14年(2002)
およう
黄昏流星群
 星のレストラン

平成15年(2003)
ホーム・スイートホーム2 日傘の来た道

平成16年(2004)
花と蛇
サヨナラCOLOR

平成17年(2005)
ゴーヤーちゃんぷるー

平成18年(2006)
おばちゃんチップス
旅の贈りもの0:00発

平成21年(2009)
山形スクリーム




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