薄化粧
人は心で化粧する。生きんがための闘いに…

1985年 カラー ビスタサイズ 124min 松竹
プロデューサー 徳田良雄、高橋泰 監督 五社英雄 脚本 古田求 原作 西村望 撮影 森田富士郎
美術 西岡善信 音楽 佐藤勝 録音 大谷巖 照明 美間博 編集 市田勇
出演 緒形拳、藤真利子、浅利香津代、川谷拓三、大村崑、浅野温子、松本伊代、宮下順子、竹中直人
花澤徳衛、柳沢慎吾、小林稔侍、菅井きん、萩原流行、笑福亭松鶴


 『櫂』『陽暉楼』『鬼龍院花子の生涯』など宮尾富美子三部作を独自の映像開拓により、完璧なまでに映像化して数々の映画賞に輝いた五社英雄監督が、西村望の同名小説を構想に5年を費やして映画化した本作。卑小な人間の欲望の切なさを強かに描き壮大な男女のドラマを生み出した。脚本を『危険な女たち』の古田求が手掛け、撮影は『鬼龍院花子の生涯』などで五社監督と長くコンビを組む森田富士郎が担当。主演は『復讐するは我にあり』『魚影の群れ』などで重厚な演技力で見る者を圧倒する実力派俳優・緒形拳。共演は女優として代表作にするという意気込みで挑む『危険な女たち』の藤真利子、五社組には欠かせない女優として注目を集める『陽暉楼』の浅野温子、舞台女優として名演技を見せてきた浅利香津代。そして映画初出演で妖艶な演技で主人公を翻弄する松本伊代など個性的な女優たちが激しい愛憎ドラマを展開する。


  昭和23年、坑夫として鉱山で働く坂根藤吉(緒形拳)は妻ふくみ、息子喬と3人で暮らしていた。ある日、落盤事故の補償問題で鉱夫の代表として会社側と掛け合った坂根は、逆に多額の裏金を会社側から掴まされてしまう。運命の歯車が狂いだした坂根は裏金を元に金貸しをはじめ、事故で夫を亡くした地所テル子(浅野温子)に接近して親密な仲になる。そして、このことが原因で妻ふくみと一人息子喬を次々と惨殺。また、坂根は金を貸しているのをいいことに仙波徳一の妻すゑとも肉体関係を結び、一人娘弘子(松本伊代)にまで手を出そうとする。しかし、逆に弘子に翻弄されたことに気づいた坂根は、ダイナマイトで仙波家を爆破。この事件で逮捕された坂根は、ふくみ・喬殺しも発覚する。しかし昭和27年、坂根は刑務所を脱走し、各地の飯場を転々と渡り歩く。逃亡生活の果てに坂根は一人の薄幸の女・内藤ちえ(藤真利子)と巡り合い、やがてふたりは自然に親密な関係になっていった。ある日、ちえは照れる坂根に無理矢理、眉墨を引いた。鏡を見るとそこには全く別人の自分があり、坂根は出歩く時には必ず化粧をすることにした。しかしそんなふたりの仲も、捜査の輪を刻一刻とせばめる警察によって引きさかれてしまう。坂根はまた旅へ出るのだが、ちえのことを忘れられない坂根は彼女の元へ。久し振りにほんのつかの間の逢瀬をたのしんだ坂根はまた旅へ出るため夜のプラットホームへ行くと、そこには彼のあとを追ってきたちえがいた。そしてふたりでの逃亡がはじまろうとした時、警察のサーチライトが一斉に点灯した。


 夜も更けた場末の小料理屋、ひと気のない店内で緒形拳扮する主人公・坂根藤吉に藤真利子演じる店の女将・ちえが尋ねる…どうして自分を放っておくのか?彼女はちょくちょく店を訪れるその男が妻子を含む四人を殺した殺人犯で、しかも脱獄逃亡中であることを知っている。ちえの問いに男が答える「お前とそうなると、長引きそうな気がするきの…」しばらくの沈黙の後に小さくちえが口を開く「いかんが?」逃亡を続ける男に差し伸べられる女の手は地獄をさ迷う罪人を救済する菩薩のようだ。(思えば、坂根が流転の末辿り着いた信州にある石切場の奇異な光景は無限地獄をさ迷う主人公の心境を効果的に表していた)長回しによるこの場面は五社英雄監督のロマンティズムが全面に押し出されている。『復讐するは我にあり』でも逃亡を続ける殺人犯を同じ緒形主演で作られていたが人間に対する視線は、突き放すような今村昌平監督よりも五社監督の方が優しい。関係を持った坂根がちえに自分の正体を明かそうとした時に手でその口をふさぐ女の刹那的な行動が胸を打つ。
 主人公が犯した罪は弁護の余地はなく、単なるその場の衝動で犯行に及ぶ…殺人の動機は全て稚拙で息子に手を掛けたのは理由すら見当たらない。そんな坂根を定年退職した大村崑演じる元刑事が「奴はいい女にまだ会ったことがない…それが奴の不幸だ」と、かつての部下に語る場面がある。前後間もない日本において秩序などは保たれておらず犯罪者は必ずしも極悪人ではなかった。何かのキッカケで犯罪者になり得た…そんな時代に生きた坂根は衝動的(原因はラジオだった!)に妻を殺害し息子を手に掛ける。その時点で殺人に対する罪悪感はマヒしてしまったのだろう…その後、結婚を迫った年端も行かぬ近所の娘に金を騙し取られて、ちゃっかり他の男と結婚されてしまうと、その怒りから夫婦共々ダイナマイトで爆死させてしまう。ところが…だ。脱獄した坂根は逃亡先で犯罪らしい犯罪は犯さないのだ。飯場の寄せ場で喧嘩に巻き込まれても一切手を出さない。後半で、いよいよ警察の包囲網が狭まってきた坂根が変装のため眉に墨を入れているのを見ていた幼女を部屋に呼び、その子にも化粧をしてやる場面がある。「見られたっ!」坂根の手が幼女の首にかかり一瞬、劇場内の空気がピンと凍りつく…上手い!結局、その幼女を殺すことはないのだが、この見せ方で五社監督の優れた作家性を感じるには充分だった。
 西村望の原作に惚れ込んで出演を熱望しただけあって緒形の演技がことのほか素晴らしい。まるで地を這う野ネズミの如く全ての気配を消し去り、ただ黙って無事に一日が過ぎるのを待つ坂根を口をグッとつむぎ肩を落としながらも眼鏡の奥にある眼光の鋭さはそのまま(劇中、小林稔侍演じる同僚はマムシみたいな目と言っていた)…そんな難しい役柄に緒形は見事同化して演じてみせる。妻と息子のために小さな仏壇をリュックに入れて河原で拾った石を位牌代わりに拝む姿が印象に残る。五社監督は殺人を犯した男ではなく、逃亡者となった主人公をストイックに描く事で、普通の男が殺人を犯してしまう恐ろしさを浮き彫りにしていた。緒形以外の出演者たちが皆素晴らしく(特に映画初出演の松本伊代が秀逸)、批評家からの評価もすこぶる良かったにも関わらず興行的には失敗に終わってしまったのが残念でならない。

「泣きたいほど悔しゅうがやったら、相手殺せ!四六時中狙いつけとったら必ず殺れる」飯場で虐めにあう仲間に対して言う坂根のセリフ。隠れていた本質が見える場面だ。


レーベル:松竹
販売元:松竹
メーカー品番: DA-5801 ディスク枚数:1枚(DVD1枚)
通常価格 2,940円 (税込)

昭和43年(1968)
セックス・チェック
 第二の性

昭和44年(1969)
永訣 わかれ
風林火山
わが恋わが歌
七つの顔の女

昭和46年(1971)
婉という女

昭和48年(1973)
必殺仕掛人
 梅安蟻地獄

昭和49年(1974)
必殺仕掛人
 春雪仕掛針
砂の器
狼よ落日を斬れ
 風雲篇・激情篇・怒濤篇

昭和52年(1976)
太陽は泣かない

昭和52年(1977)
八甲田山

昭和53年(1978)
鬼畜

昭和54年(1979)
復讐するは我にあり

昭和55年(1980)
復活の日
わるいやつら
影の軍団 服部半蔵

昭和56年(1981)
北斎漫画
魔界転生
ええじゃないか
太陽のきずあと

昭和57年(1982)
野獣刑事

昭和58年(1983)
楢山節考
魚影の群れ
オキナワの少年
陽暉楼
 

昭和60年(1985)
薄化粧

MISHIMA:A Life In Four Chapters

昭和61年(1986)
火宅の人

昭和62年(1987)
女衒
吉原炎上

昭和63年(1988)
優駿 ORACION
ラブ・ストーリーを君に
孔雀王
華の乱

平成1年(1989)
将軍家光の乱心 激突
社葬
座頭市

平成3年(1991)
咬みつきたい
グッバイ・ママ
陽炎
大誘拐 RAINBOW KIDS 

平成4年(1992)
おろしや国酔夢譚
継承盃

平成5年(1993)
国会へ行こう!

平成8年(1996)
ピーター・グリーナウェイの枕草子
GONIN 2

平成11年(1999)
あつもの 杢平の秋
流星

平成12年(2000)
殺し

平成13年(2001)
歩く、人

平成15年(2003)
ミラーを拭く男

平成16年(2004)
隠し剣 鬼の爪
Last Quarter下弦の月

平成17年(2005)
ミラクルバナナ
蝉しぐれ

平成18年(2006)
長い散歩
武士の一分
佐賀のがばいばあちゃん

平成20年(2008)
ゲゲゲの鬼太郎
 千年呪い歌




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