あつもの 杢平の秋
菊に魅せられ、人に惑わされ、やがて人生は静かな終焉を迎える。

1999年 カラー ビスタサイズ 122min シネカノン
製作 李鳳宇、中村雅哉、國實瑞恵 監督、脚色 池端俊策 原作 中山義秀 撮影 栃沢正夫
照明 嶋田忠昭 美術 池谷仙克 音楽 岩代太郎 録音 横溝正俊 編集 大島ともよ 衣裳 斉藤育子
出演 緒形拳、小島聖、ヨシ笈田、大楠道代、田辺誠一、清水美砂、中村嘉葎雄、杉本哲太、財津一郎
三谷昇、串田和美、光石研、広岡由里子、内山眞人、小川一樹、笠原秀幸


 厚物と呼ばれる菊を咲かせることに情熱を燃やすふたりの老人と、彼らを相手に援助交際する女子大生が織りなす人間模様を描いたドラマ。『イエスの方舟』『百年の男』など国内外で多数の賞を受賞し、海外からの評価も高い『優駿 ORACUON』の脚本家・池端俊策が、長年温めてきたオリジナル脚本をもとに本作が監督デビューとなった。第7回芥川賞を受賞した中山義秀の『厚物咲』を、池端監督自らが脚色。希薄になった家族関係や人々の孤独等、それぞれのシークエンスを滑稽に、そしてリアリティを持って描いている。撮影を『大往生』の栃沢正夫が担当している。主演は、『流星』『ピーター・グリーナウェイの枕草子』の緒形拳、ヨーロッパを拠点として役者及び演出家として活動するヨシ笈田が菊の品評会で火花を散らす。そんな二人の間に立つのがベテラン勢にひけをとらない堂々たる演技を披露する『完全なる飼育』の小島聖が花を添える。1999年度ベノデ国際映画祭グランプリ受賞。


 消防士を定年退職し、妻夏美(大楠道代)の精神病院入院をきっかけに北陸の田舎町から東京近郊に暮らす息子夫婦の元に身を寄せることになった馬野杢平(緒形拳)。彼は、大菊の厚物を仕立てることでは北陸の名人と呼ばれる腕前を持っている。ある日、地元の菊同好会の集まりで、老人相手に援助交際をしている音大生のミハル(小島聖)を紹介された杢平は、彼女の道案内で隣町に住む全国的に名の知れた厚物作りの名人・黒瀬(ヨシ笈田)の家を訪ねた。杢平が菊にのめりこんだのは少年時代、北陸に疎開してきた黒瀬が作った厚物を見たことが原因だった。しかし、黒瀬という男は偏屈で欲深く、地元の同好会にもすこぶる評判が悪い。彼は杢平にもけんもほろろの対応をするのだが、ミハルには興味を抱いたようだった。杢平に「ミハルを紹介してくれたら、とっておきの肥料を教える」と迫る黒瀬。杢平はその言葉を信じ、ミハルを黒瀬にあてがうが、教えられた肥料はありきたりのものだった。黒瀬に騙されたことと、ミハルを利用した自分の情けなさに自己嫌悪に陥る杢平。だが、彼はその悔しさをバネに立派な厚物を仕立て、関東大菊花会にて黒瀬の厚物を破り優勝するのであった。そんな杢平に悔しさをぶつける黒瀬。それからしばらく後、黒瀬のことが心配になり家を訪れた杢平は、そこに投資会社を相手に儲け話を企む相変わらずしたたかな黒瀬を見る。


 努力をすれば思いは報われる…というのは嘘だ。確かに努力をする事である程度のところまで行けるかも知れない。しかし、才能のある人間が現れて頂点をいとも簡単にかっさらっていく瞬間から、希望は失望へ変わり、それはやがてコンプレックスとなる。池端俊策監督が描く本作の中に出てくる人物は、そんなコンプレックスを持つ者ばかりだ。緒形拳演じる主人公・馬野杢平がそうだ。「厚物(あつもの)」と呼ばれるふっくらと丸みのある菊作りに没頭する杢平は品評会で常に上位に入賞するものの、どうしても一人の名人を越えられない。その名人というのがヨシ笈田扮する黒瀬という男で、菊作り以外では驚くほど俗物の塊だ。金沢から出て来たばかりの杢平は敬意を表して黒瀬の自宅を訪ねるが話もロクに聞きもせず、むしろ同行した音大生のミハルに対して愛想を振りまく。この滑稽で醜悪な老人の姿をネチっこく描く池端監督はただ者じゃない。「美しい花を作る人間が美しい人生を送っているとは限らない」と池端監督は語っているが、ひとつの事に執着した人間は他の全てをないがしろにしたからこそ物事を極められるのだ。劇中、「こんなに立派な菊が作れるんだ。他の事が出来るわけがない」と開き直った黒瀬のセリフが印象に残る(本当にヨシ笈田の演技は何度観ても笑える)。若いミハルの気を引くために菊畑に火を放つ場面は圧巻で、どんなに才能があっても彼もまたコンプレックスに凝り固まった人間であった…という悲哀に満ちた凄まじい場面となった。今は亡き名カメラマン栃沢正夫のじっと…見つめるような映像が素晴らしかった。また品評会に参加した老人たちが祝賀会と称して援助交際している女子高生を誘ってプリクラで写真を撮りながら身体を触りまくる場面がある。脚本家であり今村昌平監督の『楢山節考』では助監督として参加した池端監督は、やはり不格好な人間たちが好きなのだろうか?無邪気にはしゃぎまくる老人たちに向ける視線(カメラ)が実に温かい。
 そして二人の老人の間を往き来する小島聖が演じる音大生のミハル…彼女は優秀な成績で音大に入学するも、毎回、コンクールでは三番目か四番目。大学の先生からも「大きなコンクールで優勝する力はない」と言われ失望と挫折の中で生きておりチェロを質入れしては引き取るために援交を繰り返している女性だ。しかも援交をするには歳をとり過ぎている(女子高生も18、19歳までに援交は引退らしい)という痛々しい設定で、どこか杢平と共通するところがある。脚本家の視点で映像を組み立てているからだろうか?池端監督の画作りは文学的でミハルが質屋から払い出した(本来分身であるはずの)チェロを杢平に持たせて歩く姿に彼女の虚無感が伝わってくる。ミハルと黒瀬に挟まれて、当時62歳の緒形が今まで見せなかった円熟味のある受け身に徹した演技がが実にイイ。内に秘めた“勝てない”コンプレックスを巧みに表現していたのが印象に残る。

「何をやってもダメだった?そりゃそうだよ、私は菊を作るために生まれてきたんだ」ヨシ笈田扮する菊作りの名人が言うセリフに納得。


ビデオ、DVD共に廃盤後、未発売
昭和43年(1968)
セックス・チェック
 第二の性

昭和44年(1969)
永訣 わかれ
風林火山
わが恋わが歌
七つの顔の女

昭和46年(1971)
婉という女

昭和48年(1973)
必殺仕掛人
 梅安蟻地獄

昭和49年(1974)
必殺仕掛人
 春雪仕掛針
砂の器
狼よ落日を斬れ
 風雲篇・激情篇・怒濤篇

昭和52年(1976)
太陽は泣かない

昭和52年(1977)
八甲田山

昭和53年(1978)
鬼畜

昭和54年(1979)
復讐するは我にあり

昭和55年(1980)
復活の日
わるいやつら
影の軍団 服部半蔵

昭和56年(1981)
北斎漫画
魔界転生
ええじゃないか
太陽のきずあと

昭和57年(1982)
野獣刑事

昭和58年(1983)
楢山節考
魚影の群れ
オキナワの少年
陽暉楼
 

昭和60年(1985)
薄化粧

MISHIMA:A Life In Four Chapters

昭和61年(1986)
火宅の人

昭和62年(1987)
女衒
吉原炎上

昭和63年(1988)
優駿 ORACION
ラブ・ストーリーを君に
孔雀王
華の乱

平成1年(1989)
将軍家光の乱心 激突
社葬
座頭市

平成3年(1991)
咬みつきたい
グッバイ・ママ
陽炎
大誘拐 RAINBOW KIDS 

平成4年(1992)
おろしや国酔夢譚
継承盃

平成5年(1993)
国会へ行こう!

平成8年(1996)
ピーター・グリーナウェイの枕草子
GONIN 2

平成11年(1999)
あつもの 杢平の秋
流星

平成12年(2000)
殺し

平成13年(2001)
歩く、人

平成15年(2003)
ミラーを拭く男

平成16年(2004)
隠し剣 鬼の爪
Last Quarter下弦の月

平成17年(2005)
ミラクルバナナ
蝉しぐれ

平成18年(2006)
長い散歩
武士の一分
佐賀のがばいばあちゃん

平成20年(2008)
ゲゲゲの鬼太郎
 千年呪い歌




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