長い散歩
人生は長い散歩。愛がなければ歩けない。

2006年 カラー ビスタサイズ 136min キネティック
製作総指揮 西田嘉幸 プロデューサー 橋口一成、マーク宇尾野 監督、原案、企画 奥田瑛二
脚本 桃山さくら、山室有紀子 撮影 石井浩一 照明 櫻井雅章 美術 竹内公一 音楽 稲本響
主題歌 UA 録音 柴山申広 編集 青山昌文
出演 緒形拳、高岡早紀、杉浦花菜、松田翔太、大橋智和、原田貴和子
木内みどり、津川雅彦、奥田瑛二


 『少女〜an adolescent』、『るにん』と次々に監督作品を発表し、個性派俳優であると同時に映画監督としてのスタンスを固めつつある奥田瑛二の長編3作目にして彼の映画作家としての確かな実力を示す名作。物語の主人公、安田松太郎を演じるのは『蝉しぐれ』『あつもの 杢平の秋』等の緒形拳。少女、幸との不器用な交流のなかで、自分の心のしこりが次第に溶け出し、癒されていく心温まる名演技を披露する。基本的に順撮りでシーンを撮影していく奥田監督の意図の通り、物語が進むにつれ緒形拳が次第に役に没頭していく様は、彼の感情のドキュメンタリーとして映画に生命を与え、感動させる。薄幸の少女、幸役の杉浦花菜は、オーディションによって多数の候補者のなかから選ばれ、演技の経験はないものの母親に虐待され、心を閉ざした少女という難しい役柄を見事に演じきった。母親の横山真由美役に、高岡早紀が体当たりの演技で表現している。松太郎と幸の旅の途中で出会う青年ワタル役には、故・松田優作の次男である松田翔太。撮影は奥田組の常連、石井浩一。銀残しの現像を計算し、岐阜の山中、名古屋のロケーションを美しい色調で見事にカメラに収めている。松太郎の心と響きあうような静謐な空気感を劇伴のピアノ曲として作曲しているのは、稲本響。その澄んだ音色が映画の全体のトーンを生み出している。そして物語のエンディング・テーマには、UAが歌う井上陽水の名曲「傘がない」。UAの歌声が物語の感動の余韻を、新鮮に引き継いでいる。


  定年退職するまで高校の校長を勤めてきた安田松太郎(緒方拳)は、アルコール依存症の妻(木内みどり)を亡くしてから、一人娘の亜希子(原田貴和子)と別れ、愛知県の片隅にある小さな二階建てのアパートの一室に移り住んだ。自分の過去を清算するような質素な一人暮らしが始まって間もなく、隣室に住む水商売風の女(高岡早紀)の幼い一人娘(杉浦花菜)の事が気がかりになる。ボール紙で作った擦り切れた天使の羽根を背中につけたその少女は、日ごろの隣室の物音から母親に虐待されているらしい。ある日松太郎は、少女に乱暴しようとしていた母親の情夫を青竹の剣で叩きのめし、そのまま少女を連れて街を出る。しかし虐待され続けた少女は、松太郎とのコミュニケーションを拒絶していた。昔、松太郎が家族と行ったことのある山の頂に向かっているある夜、少女は突然自分の名が幸(サチ)であることを松太郎に告げた。旅の途中でワタル(松田翔太)という青年と出会い、少女は少しずつ松太郎に心を許し始めえいく。その頃、娘の姿が見えなくなったと幸の母親は警察に届け出た。同じ時にいなくなった隣人の松太郎が誘拐犯人と特定されて警察に追われる身となった松太郎。果たして二人は、目的の地へと辿り着けるのだろうか…。


 木曽川の土手に座って川を眺めている老人の横顔が映し出される冒頭。演じる緒形拳の顔に刻まれたシワの深さに、主人公の辿ってきた人生を垣間見る。男はこの街に越してきたばかりで妻の死をキッカケに今まで住んでいた屋敷を出て古ぼけた2DK程の安アパートで生活を始めるところだ。決して第二の人生とか心機一転…というポジティブなものではない。まるで自分の過去から逃げ出して来たかのように妻の位牌と数冊の本だけを持って荷をほどく。ひとつひとつ丁寧に本棚に並べる…その中の一冊を開いて一遍の詩を口ずさむ。まだ本題にも触れていない冒頭数分の映像で主人公・安田松太郎の人物像を見せてしまう奥田瑛二監督の語り口が流麗で見事だ。やがて隣の部屋から母親のヒステリックな怒鳴り声が聞こえ、台所の窓からは裸足の女の子が外に放り出されているのが見える。虐待だ!それが分かったところで何をしてあげられるワケでも無い、老いた定年後の自分に気付く残酷な現実。丁寧退職して初めて周りの出来事が聞こえ、見えてくる…と同時に忘れたいと思っていた過去が現実のように押し寄せてくる。奥田監督は緒形にセリフを多くは語らせず佇まいや仕草だけで彼の心情を雄弁に描いており実に文化的な画(え)作りが出来る映像作家だなぁ…とつくづく感心してしまう。
 虐待を受けている少女は段ボール紙で出来た天使の羽を常に背中に抱え階段の踊り場から遠くの空を眺める。まるで段ボールの羽で飛び立つ機会をうかがっているかのようで、これが後半少女が辿り着く旅の終わりに見る風景に重なっていくのが見事だ。飛べない少女は河原の木々に囲まれた一角に自分だけの居場所を作り上げる。後を付けた男は木の枝にあった巣から鳥の雛をそっと少女に差し出す。頑なに心を閉ざしていた少女が少しだけ心を開く瞬間だ。そして数日後…巣から落ちて死んでいる雛を発見した時、男の中で何かが変わり、少女を救うため旅に連れ出す。
 愛知県春日井市から岐阜県の郡上八幡へ旅の途中で立ち寄ったファミレスで少女は出されたハンバーグを「痛い!」とぶちまけてしまうシーンが印象に残る。いつも母親から小銭を貰って口にするのは冷たいメロンパンと牛乳だけ…という少女にとって温かい食べ物は殆ど記憶に無いのであろう。少女にとって「熱い」を「痛い」としか表現出来ない現実こそ悲劇だ。少女は男と旅を続けるうちに安らぎを感じ、絶対に置き去りにしないと約束をさせる。そんな二人の道中を奥田監督作品全てを担当する撮影監督・石井浩一のカメラは詩的に追い続ける。特に郡上八幡の祭りの光景や松田翔太演じる青年と廃屋となった小学校の前で焚き火を囲んで語り合う…という夜の映像が素晴らしい。前作『るにん』や『少女』もそうだったが自然(特に緑の質感)の深みを表現するのに長けており、美濃市にある羅生池や雨に濡れる木々の色合いなどストイックな男の心情と映像が見事なバランスで融合されている。旅の到達点となる明宝山で本物の空に出会った少女が突然、崖に向かって走り出すと同時に背中の羽が脱皮するかのように脱げ落ちるシーンはあらゆる意味における魂の救済を見た思いがして無性に泣けた。

「あの子は地獄にいたんだ!母親も周りにいる大人も誰一人優しい言葉を掛けてやらず、ゴミみたいな部屋の隅で耳をふさいでたんだ!」公衆電話から刑事に向かって叫ぶ松太郎のセリフ。現代の問題点でもある。


レーベル:ジェネオン・ユニバーサル・エンターテイメント
販売元: ジェネオン・ユニバーサル・エンターテイメント
メーカー品番:GNBD-7290 ディスク枚数:2枚
通常価格 4,442円 (税込)

昭和43年(1968)
セックス・チェック
 第二の性

昭和44年(1969)
永訣 わかれ
風林火山
わが恋わが歌
七つの顔の女

昭和46年(1971)
婉という女

昭和48年(1973)
必殺仕掛人
 梅安蟻地獄

昭和49年(1974)
必殺仕掛人
 春雪仕掛針
砂の器
狼よ落日を斬れ
 風雲篇・激情篇・怒濤篇

昭和52年(1976)
太陽は泣かない

昭和52年(1977)
八甲田山

昭和53年(1978)
鬼畜

昭和54年(1979)
復讐するは我にあり

昭和55年(1980)
復活の日
わるいやつら
影の軍団 服部半蔵

昭和56年(1981)
北斎漫画
魔界転生
ええじゃないか
太陽のきずあと

昭和57年(1982)
野獣刑事

昭和58年(1983)
楢山節考
魚影の群れ
オキナワの少年
陽暉楼
 

昭和60年(1985)
薄化粧

MISHIMA:A Life In Four Chapters

昭和61年(1986)
火宅の人

昭和62年(1987)
女衒
吉原炎上

昭和63年(1988)
優駿 ORACION
ラブ・ストーリーを君に
孔雀王
華の乱

平成1年(1989)
将軍家光の乱心 激突
社葬
座頭市

平成3年(1991)
咬みつきたい
グッバイ・ママ
陽炎
大誘拐 RAINBOW KIDS 

平成4年(1992)
おろしや国酔夢譚
継承盃

平成5年(1993)
国会へ行こう!

平成8年(1996)
ピーター・グリーナウェイの枕草子
GONIN 2

平成11年(1999)
あつもの 杢平の秋
流星

平成12年(2000)
殺し

平成13年(2001)
歩く、人

平成15年(2003)
ミラーを拭く男

平成16年(2004)
隠し剣 鬼の爪
Last Quarter下弦の月

平成17年(2005)
ミラクルバナナ
蝉しぐれ

平成18年(2006)
長い散歩
武士の一分
佐賀のがばいばあちゃん

平成20年(2008)
ゲゲゲの鬼太郎
 千年呪い歌




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