男はつらいよ 寅次郎紅の花
お兄ちゃん、一緒になるならリリーさんしかいないのよ。

1995年 カラー シネマスコープ 107min 松竹(大船撮影所)
製作 中川滋弘 企画 小林俊一 監督、脚本、原作 山田洋次 脚本 朝間義隆 
撮影 高羽哲夫 音楽 山本直純 美術 出川三男 録音 鈴木功 照明 野田正博 編集 石井巌
出演 渥美清、倍賞千恵子、 浅丘ルリ子、吉岡秀隆、後藤久美子、下條正巳、三崎千恵子、前田吟
関敬六、夏木マリ、田中邦衛、神戸浩、千石規子、宮川大助、宮川花子、笹野高史、桜井センリ
犬塚弘、芦屋雁之助、太宰久雄、佐藤蛾次郎


 松竹が前年の1995年に創業100周年を迎えながらも、松竹のお正月の顔“寅さん”の活躍を描くシリーズ第48作目となる本作は、惜しくも渥美清の死によって最終章となってしまった。奄美大島を舞台にした物語。監督は『男はつらいよ 拝啓 車寅次郎様』の山田洋次と脚本はいつも通り山田と朝間義隆の共同執筆による。撮影は『時の輝き』の長沼六男で、ロケハンまで行いながら急逝したシリーズを支えてきた高羽哲夫の名も撮影監督としてクレジットされている。マドンナは、本シリーズには『男はつらいよ 寅次郎ハイビスカスの花』以来15年ぶりに登場の浅丘ルリ子で、今回で4回目となる当たり役・リリーを演じている。出演は倍賞千恵子、吉岡秀隆らおなじみのメンバーのほかに、『キャンプで逢いましょう』の後藤久美子が泉役で3年ぶり5度目の登場を果たした。本作では前年に起こった阪神淡路大震災の被災地に寅さんが訪れるシーン等をCG合成によって作り上げ、復興を目指す市民たちを応援している。


 柴又のくるまやの面々が、相変わらず連絡も無しで旅の空の寅のことを、心配していた頃、偶然見ていた『大震災その後−ボランティア元年』というテレビ番組に、寅(渥美清)が村山首相と写っていたからビックリ。さらに神戸で寅に世話になったという被災者まで現れて、一同はとりあえず寅の無事に胸を撫で下ろすのであった。ところが、寅の甥の満男(吉岡秀隆)に大事件が起こる。以前から想いを寄せていた泉(後藤久美子)が結婚するというのだ。いよいよ泉が嫁ぐ日、新郎新婦を乗せた乗用車の前に、満男の運転する車が立ちはだかり、式をメチャクチャにしてしまうのであった。後悔の念にさいなまれながら、奄美大島へ渡った満男は、一人の美しい女性と出会った。そして彼女の家には寅が居候をきめこんでいた。その女性は、リリー(浅丘ルリ子)だったのだ。そこへ、満男を追って泉がやって来た。泉に再会を果たした満男は、そこで泉に対する気持ちを告白する。それからしばらくして、寅はリリーを伴って柴又へ里帰りする。しかし、寅とリリーは些細な事で、またしても喧嘩をしてしまう。奄美大島へ帰るリリーを寅が送って行くと、一緒にタクシーに乗り込み、そのまま寅も奄美大島へ旅立つのであった。年が明けて新年正月、リリーからの年賀状が届いたのだが、寅とリリーはしばらくの同棲の後、やはり喧嘩別れしてしまったと書かれていた。


 『男はつらいよ』シリーズの最終作にして、リリー篇の第4作。既に、渥美清の病気は、大船撮影所の周知の事実として、本作の企画が持ち上がる前から、ある程度スタッフたちは、覚悟みたいなものを胸に抱いていたという。リリーを演じた浅丘ルリ子にしても、4回目の出演を承諾したのは、そうした事情を察したからかも知れない。だから、本作は実に丹念に作られており、ある種の気迫…というものを感じさせる。渥美清は、昔の元気な頃に比べると圧倒的に出番が限られているにも関わらず、その存在感に出ずっぱりだったのでは?と錯覚さえさせる。山田洋次監督と朝間義隆の脚本も上手い!満男が失恋の果てにやって来た奄美大島で、リリーが満男と気付かずに様子がおかしいから心配になって家に連れてくるのだが、リリーの家の石塀から渥美がヒョッと顔を出すタイミングの妙。舞台ならば「待ってました!」の声が掛かるところだ。既に、寅さんが奄美大島でリリーと共同生活を送っている…という設定は『寅次郎ハイビスカスの花』を彷彿とさせて嬉しくなる。あれから15年、リリーとハシャいで夫婦ゴッコをする歳でもなくなった寅さんには、本作では若者たちの恋愛指南という役割を与えられる。また、リリーと寅さんは、出会ってから20年という歳月を経ているだけに、全てを理解し合った旧友であり、揺るぎない大人の信頼関係が確立されているのがイイ。『寅次郎忘れな草』で出逢った時から過去の作品で描かれたエピソードを想い出話しとして二人が語り合うシーンは、懐かしさと同時に感慨深いものがあった。山田監督は、まさか本作が最終作になるとは思っていなかっただろうが、偶然にもこのシーンは寅さんの恋愛に対するレクイエムのようでもあった。
 そして、何と言っても感動的なのは、満男役の吉岡秀隆と泉役の後藤久美子が海岸でお互いの本心をぶつけ合うシーンだ。結婚式をぶち壊して奄美大島に逃げてきた満男が、追いかけてきた泉ちゃんに対して告白する姿を見守る寅さんとリリー。お互いに、プロポーズをしておきながらタイミングを逸して結婚に至らなかった二人が大人(…というより先輩)の視線で若い二人を応援する。寅さんが、なかなか“愛している”を切り出せない甥っ子・満男を見ながら「あ〜あ、無様だなぁ。何とかならないのか」とつぶやく。その横でリリーが「いいじゃないか、無様で。若いんだもの…私たちとは違うんだよ」と言う。明らかにリリーの脳裏には、『寅次郎相合い傘』と『寅次郎ハイビスカスの花』の出来事が浮かんでいたであろう。自分たちが、若さ故に、本心に素直になれず現在に至っているという事を噛み締めている名シーンだ。
 さて、本作でもリリーと寅さんは結ばれる事なく終わりを迎える。ラスト近く…柴又で二人は大喧嘩してしまうのだが、リリーが奄美大島に帰る寸前で、タクシーに同乗した寅さんはリリーと共に奄美大島に帰ってゆく。その後、結局、また喧嘩して出て行った寅さんの事をしたためたリリーのさくらに送ってきた手紙が泣かせる。まだ、どこかの空の下で寅さんが旅を続けているのだと思えるラストに主演男優の死によって終焉してしまったシリーズの唯一の救いがあった。

「無様だなぁ、何とかならないのか、あの男は」泉に対してハッキリと好きだと言えない満男を見て嘆く寅さんに「いいじゃないか、無様で。若いんだもの、私たちとは違うんだよ」とリリーは微笑み涙ぐむのであった。


レーベル: 松竹(株)
販売元: 松竹(株)
メーカー品番: DB-548 ディスク枚数:1枚(DVD1枚)
通常価格 3,591円 (税込)

昭和44年(1969)
男はつらいよ
続男はつらいよ

昭和45年(1970)
男はつらいよ
 フーテンの寅
新・男はつらいよ
男はつらいよ 望郷篇

昭和46年(1971)
男はつらいよ 純情篇
男はつらいよ 奮闘篇
男はつらいよ
 寅次郎恋歌

昭和47年(1972)
男はつらいよ 柴又慕情
男はつらいよ
 寅次郎夢枕

昭和48年(1973)
男はつらいよ
 寅次郎忘れな草

男はつらいよ
 私の寅さん

昭和49年(1974)
男はつらいよ
 寅次郎恋やつれ
男はつらいよ
 寅次郎子守唄

昭和50年(1975)
男はつらいよ
 寅次郎相合い傘

男はつらいよ
 葛飾立志篇

昭和51年(1976)
男はつらいよ
 寅次郎夕焼け小焼け

男はつらいよ
 寅次郎純情詩集

昭和52年(1977)
男はつらいよ
 寅次郎と殿様
男はつらいよ
 寅次郎頑張れ!

昭和53年(1978)
男はつらいよ
 寅次郎わが道をゆく
男はつらいよ
 噂の寅次郎

昭和54年(1979)
男はつらいよ
 翔んでる寅次郎
男はつらいよ
 寅次郎春の夢

昭和55年(1980)
男はつらいよ 寅次郎ハイビスカスの花
男はつらいよ
 寅次郎かもめ歌

昭和56年(1981)
男はつらいよ
 浪花の恋の寅次郎

男はつらいよ
 寅次郎紙風船

昭和57年(1982)
男はつらいよ
 寅次郎あじさいの恋

男はつらいよ
 花も嵐も寅次郎

昭和58年(1983)
男はつらいよ
 旅と女と寅次郎
男はつらいよ
 口笛を吹く寅次郎

昭和59年(1984)
男はつらいよ
 夜霧にむせぶ寅次郎
男はつらいよ
 寅次郎真実一路

昭和60年(1985)
男はつらいよ
 寅次郎恋愛塾
男はつらいよ
 柴又より愛をこめて

昭和61年(1986)
男はつらいよ
 幸福の青い鳥

昭和62年(1987)
男はつらいよ 知床慕情
男はつらいよ
 寅次郎物語

昭和63年(1988)
男はつらいよ
 寅次郎サラダ記念日

平成1年(1989)
男はつらいよ
 寅次郎心の旅路
男はつらいよ
 ぼくの伯父さん

平成2年(1990)
男はつらいよ
 寅次郎の休日

平成3年(1991)
男はつらいよ
 寅次郎の告白

平成4年(1992)
男はつらいよ
 寅次郎の青春

平成5年(1993)
男はつらいよ
 寅次郎の縁談

平成6年(1994)
男はつらいよ
 拝啓 車寅次郎様

平成7年(1995)
男はつらいよ
 寅次郎紅の花

平成9年(1997)
男はつらいよ 寅次郎ハイビスカスの花 特別篇




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