網走番外地
どうせ死ぬなら娑婆で死ぬ。魔の白銀を蹴散らす狼二匹、のたうち・泣き・殺し合う脱獄24時間
1965年 白黒 シネマスコープ 92min 東映
企画 大賀義文 監督/脚色 石井輝男 助監督 内藤誠 原作 伊藤一 撮影 山沢義一 音楽 八木正生
美術 藤田博 録音 加瀬寿士 照明 大野忠三郎 編集 鈴木寛
出演 高倉健、南原宏治、丹波哲郎、安部徹、嵐寛寿郎、田中邦衛、潮健児、滝島孝二、三重街恒二
ジョージ・吉村、杉義一、佐藤晟也、関山耕司、菅沼正、北山達也、沢彰謙、風見章子、志摩栄

新東宝でエロ・グロ・ナンセンス路線を作っていた石井輝男監督が東映に移籍してから、早速、第一作目に「花と嵐とギャング」というギャング物を撮ることとなり、これが思わぬヒットを記録。しばらくはギャング映画を次々と製作していた(後期の東映では、またエログロの世界に戻るのだが…)。「網走番外地」は本来、6年前に日活で作られていた恋愛ドラマだったのだが、石井輝男は東映でリメイクするにあたり、単なる二番煎じでは面白くないと…言うことで、設定だけを頂いて日本版「手錠のままの脱獄」に作り替えてしまった。本来カラーでいくところを、囚人しか出て来ない映画はヒットしないだろうと、営業部の判断からモノクロの低予算で製作。それに奮起した、出演者やスタッフたちは危険なトロッコシーンに挑み、結果的にはスピード感溢れる見事なアクションシーンを生み出した。結果的には予想を遥かに上回る大ヒットとなり、しかも高倉健が歌う主題歌も大ヒットするなど、最終的には全18作までシリーズ化されることとなった。
本作は、任侠路線と現代実録路線の中間に位置する作品となっており、それまで集団抗争劇の形態を成していたギャングものや時代劇とは一線を画し、一匹狼のアウトロー映画という新しいジャンルを作り上げた。とはいうものの、当時人気を博していた任侠映画のテイストが、回を追うごとに取り入れられていたのも紛れも無い事実だ。第1作目の脚本を読んだ嵐寛寿郎が、わざわざ石井輝男監督の元へ赴き「この映画当たりまっせえ」と賞賛の言葉を述べた程手応えを感じ取っていたという。

網走刑務所にやってきた橘(高倉健)は、義父との仲がうまくいかず家をとびだし、やくざの世界に足を踏みいれ、傷害事件で懲役三年を言い渡された。一匹狼の橘は同じ房の囚人たちに、ことごとく反抗していたが、橘は母が病床に倒れたことを知り懸命に働いた。刑期が残りわずかとなった頃、仲間が脱獄計画を進めている事を知り苦悩する橘。決行寸前、老囚人阿久田(嵐寛寿郎)の機転によって脱獄計画は崩れ去る。その夜、阿久田に詰め寄る囚人たち。しかし、その老人こそが伝説と化した殺人鬼であったのだ。阿久田の殺気に手出しできなかった囚人たちは、数日後山奥に作業に出た護送トラックから飛び降り脱走を強行した。橘も鎖でつながれた権田(南原宏治)に引きずられ放り出されてしまう。追っ手から逃れるために手錠でつながれたまま極寒の北海道を逃走する二人だったが…。

厳密に言えばこれは任侠映画という括りにはならないかも知れない。当時『人生劇場飛車角』で渡世人のスターとなった高倉健が主演という事で任侠映画と思っていた観客も少なくないだろう。厳寒の地、網走刑務所という存在を知らしめたアクション映画は本作のヒットにより何と18作もシリーズ化されることとなった。よくスナックでお父さんたちが熱唱するあの主題歌もいまだに歌い続けられているロングセラーのヒット曲だ。冒頭北の大地の雪原が映し出され、重い主題歌が流れる…そして一癖も二癖もある男どもが刑務所に降り立つのだが、そこに登場する我らが健さん。長身の体を寒さに震わせながらしかめっ面で辺りを見回す仕草のカッコ良いこと…ところが、その後カッコ良さが続かないのだ。むしろ若くて半端者で後先を考えない…カッコ悪さの方が前面に出ている。20代の高倉健は既に落ち着いた渡世人を演じているわけだから、これは監督の確信犯的な高倉健像を確立させたのかも知れない。奇才石井輝男監督が描き出す完全に浮いた主人公の住む刑務所の世界はどことなく哀愁すら感じさせる。
また、ここに収容された窃盗、傷害、強姦と千差万別の罪を背負った男たちは、どれもキャラクターがバラエティ豊かに描かれており、それだけで前半は充分に楽しめる。中でもどうして嵐寛寿郎がこんな目立たない役を?と、疑問に思っていた老囚人は中盤アッと驚く正体を見せるのだが、そのシーンがカッコ良く、下手すると全体の印象で言えば健さんを上回っている(キャリアが違いすぎるから当たり前か…)。刑務所の雑居房で、安部徹演じる牢名主が一人一人に「何年もらった?」と聞くのだがそこで嵐寛は「あれは御大典の特赦と終戦の復権令があったので…そうでございます、残りが20と1年です」と言い、皆が愕然としている中、「南無阿弥陀仏…」と唱えるのだ。このシーンは今でも刑務所映画の最高傑作と言っても良いだろう。こうした囚人たちを東映の曲者俳優たちが嬉々として演じているのだから面白くて当然。仲間たちが集団で脱獄を計画している事を知ってしまい、その葛藤で苦しむ健さんを救うのが嵐寛なのだが、そのシーンにおける嵐寛の凄みは決して他ではお目にかかれないだろう。
脱獄計画は一度失敗に終わるもののトラックで作業場に移動中、南原宏治演じる囚人が走るトラックから飛び降りて脱走したため鎖で繋がれた健さんが道連れになってしまうという逃走劇に一転する。もうとにかく足が取られて雪にまみれてグチャグチャになる健さんはファンにとって感涙ものの男臭さ全開シーンの連続だ。そしてクライマックス鎖を外すために線路に横たわり汽車に引かせるシーンは巧みな編集によって緊張感溢れる名場面となった。口を尖らせて文句を言う若かりし頃の健さんは本作でのみ堪能することが出来る。
白黒の映像が寒さを倍増させる。網走刑務所の厳しさを表現するには、これ以上無い効果的な手段だ。
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