本陣殺人事件
因果はめぐる水車。無常の風吹きすさび地獄の風が吹いてくる。鮮血と情念に彩られた華麗なるサスペンスロマン!
1975年 カラー ビスタサイズ 106min たかばやしよういちプロ、映像京都、ATG
企画 葛井欣士郎 製作 高林輝雄、西岡善信 監督、脚色 高林陽一 原作 横溝正史
撮影 森田富士郎 音楽 大林宣彦 美術 西岡善信 編集 谷口登司夫 照明 山下礼二郎 録音 中沢光喜
出演 中尾彬、田村高廣、新田章、高沢順子、東竜子、伴勇太郎、山本織江、水原ゆう紀、三戸部スエ
小林加奈枝、石山雄大、中村章、花岡秀樹、服部絹子、沖時男、原聖四郎、海老江寛、加賀邦男
東野孝彦、常田富士男、村松英子
昭和21年4月、雑誌「宝石」誌上にて発表されて以来、30年の長きに亘って、本格推理小説のベストセラーとなっている名探偵・金田一耕肋を主人公にした横溝正史の記念すべき第一作目の映画化。日本建築における密室殺人というトリックの創案や謎解きの面白さもさることながら日本のとある地方の由緒正しき旧家に材を求め、そこに生きる人間の心の綾をロマネスクに描き出した傑作として、横溝正史の作品の中でも高く評価されている。監督・脚本は『すばらしい蒸気機関車』『餓鬼草紙』等、京都においてユニークな映像世界を作り続けている高林陽一が手掛けている。流麗な映像世界の中で、人間の深層の情念をきめ細かに描き出し、黄泉の国から無常の風が、スクリーンから地獄の風が吹いて来るような華麗なるサスペンスロマンを作り上げた。撮影は三浦賞の森田富士郎、美術はベテラン西岡善信が担当。大映京都のセットに奈良明日香の本陣邸のロケーションに、きらめくようなカメラワークと緻密な考証でトリックの謎解きシーンを迫力溢れる映像で再現している。音楽は監督の盟友であり『転校生』や『さびしんぼう』の映像作家・大林宣彦が担当。その他のスタッフも京都で数々の秀作を送り出した映像京都のメインスタッフが参加。大映京都撮影所が、セット・ロケ・編集全てにおいて協力している。主人公・金田一には中尾彬、被害者である本陣の跡取りに円熟した境地を見せる田村高廣が各々重厚な演技を披露している。
三方を山に囲まれた小部落にある広大な敷地を持つ江戸時代からの宿場の本陣・一柳家で殺人事件が起きる。長男である賢蔵(田村高廣)が周囲の反対を押し切って身分違いの娘・久保克子(水原ゆう紀)と婚礼を行った晩、賢蔵と克子が何者かに日本刀で惨殺されてしまったのだ。枕元には琴、そして金扉風には犯人のものと思われる三本指の血痕が残されていた。兇器の日本刀は、庭の石とうろうの根元に突き刺さっていたのだが、離れには門も錠もかかっており、庭には雪の上に足跡一つ無かった。この殺人事件を担当する事となった磯川警部(東野孝彦)は、前日に一柳家を訪ねて村道を歩いていた三本指の男を犯人と断定した。そんな時、克子の伯父である久保銀造(加賀邦男)の依頼を受けた私立探偵・金田一耕助(中尾彬)がやって来た。彼はまず探偵小説マニアの三郎(新田章)に興味を抱いた。そして、調査をしていく内に「密室殺人」は実は賢蔵が克子と無理心中し、琴糸を巧みに利用して兇器の日本刀を外に出したことを証明してみせた。そしてこのトリックには三郎も加担していたのだった。この心中の賢蔵の動機は、克子が結婚前夜に、かつてある男と関係したことを告白。潔癖の賢蔵は、克子を許すことができなかったのだ。しかし、周囲の反対を押し切っての結婚し、旧家の跡継ぎであるプライドから離婚もできず、思いあまって誰かに殺害されたと思わせるためのトリックだったのだ…。 歪んだ男の自意識によって引き起こされた狂気的な犯罪に金田一と銀造は愕然とするのであった。
金田一耕助の作品っていうは不思議で、大手メジャー系の大作としても通用するし、インディーズ系の小品としても味わい深いものがある。本作はまさに、ATGらしさを存分に発揮したカラー時代となってからの金田一シリーズの秀作だ。冒頭、子供のオモチャを鞄にぶら下げた中尾彬演じる金田一の後ろ姿から始まる。田んぼの畦道を歩く金田一の向こうから葬式の一群が現れる。ゆらゆらと揺れる陽炎…その画面に不気味な不安感を覚える。こんなオープニングが出来るのはATGとピンク映画のプロダクションくらいだ。そこから、回想シーンとなるわけだが、葬儀の遺影の顔写真から生前の高沢順子(シラケ世代の象徴である怪女優は、本作でもかなりはじけている)にオーバーラップするカメラワークが見事!雪降る夜に結婚式を挙げる1年前へと遡る。高林陽一の演出は、全編に渡って常にいやらしいノイズのようなものを感じさせ、アメリカンニューシネマのような乾いた雰囲気が漂っている。田舎の旧家という閉鎖された世界…まさに土着的な日本の風土が凝り固まった本陣で行われる婚礼。めでたい席であるにも関わらず誰一人笑っていない広間…不気味な雰囲気が漂う、まさに横溝正史の世界を表した素晴らしいシーンだ。本作は密室殺人の謎解きが最大のテーマであるが、横溝正史の素晴らしいところは、その謎が解明された向こう側で、日本の因習や風土といった日本人そのものを浮き彫りにしている事にある。事件が解明されても解決されていないのが横溝文学の特徴で、本作はその最たる作品といっても良いであろう。
婚礼の儀が終わり、初夜を迎えた当家の主と花嫁が離れで真夜中、惨殺されてしまう(花嫁を演じた水原ゆう紀の死の形相が凄い)。離れには全て錠が掛かっており、犯人が出入りした痕跡が残されていない。物語は犯人探しと密室殺人の方法解明が同時に行われるのだが、次第に田舎の旧家に未だに残る古い体質が見え隠れしてくる。結局は、水原ゆう紀がかって付き合っていた男に因縁を付けられたことから端を発した田村高広の嫉妬と見栄による愛憎の果てに彼女を殺して自らも果てたのだが、男は自殺した事を世間に知られたくないがために狂言殺人を演出しのだ。このプライドと言うにはあまりにも常軌を逸した行いに背筋が寒くなる。家族や使用人たちから天才と唱われていた男の正体は、女性に対しては子供なみの感覚しか持っていない知能の持ち主だった。それにしても、最後まで人間離れした無表情を通した名優・田村高広の演技は、本当に怖かった。高林監督は、むしろ事件が解明された後を丁寧に描いており、静かな本陣の屋敷の奥から犯人が凄まじい形相で金田一を睨んでいるのではなかろうかと思ってしまう不気味さを漂わせていた。人間の持つ価値観というものは、その人間が生まれ育った環境によって大きく変わる。そこで観終わった後に、ハッと気づいた。そうか!あえて時代設定を昭和初期から現代にしたのは、今でも田舎に残る封建的な因習の恐ろしさを表現するには現代にした方が、よりショッキングだからだ。
「それができるくらいなら、こんな事件は、起こりやしません。」被害者の伯父である久保銀造が「どうして殺すくらいなら…」と嘆いた時に金田一が言うセリフ。事件はどれも、行き場の見失った人間が起こすのだ。
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