八つ墓村
これは四百年の怨念が生んだ怪奇とロマンの世界だ。
1977年 カラー ワイド 151min 松竹
製作 杉崎重美、織田明 製作、監督 野村芳太郎 脚色 橋本忍 原作 横溝正史 撮影 川又昂
音楽 芥川也寸志 美術 森田郷平 録音 山本忠彦 照明 小林松太郎 編集 太田和夫
出演 渥美清、萩原健一、小川真由美、山崎努、山本陽子、市原悦子、山口仁奈子、中野良子、加藤嘉
井川比佐志、花沢徳衛、綿引洪、下條アトム、夏木勲、田中邦衛、稲葉義男、橋爪功、大滝秀治
夏純子、藤岡琢也、下條正己、山谷初男、浜田寅彦、浜村純、任田順好
横溝正史が探偵小説の執筆を停止した昭和39年から11年目の昭和50年…角川映画『犬神家の一族』によって爆発した横溝正史ブーム。本来、『犬神家の一族』よりも前から製作の準備に入っていた『八つ墓村』だが、あまりの大作故に遅々として計画は進まず、角川春樹は提携を解消し、自ら角川春樹事務所を設立して、『犬神家の一族』の映画化に乗り出したという経緯がある。本作『八つ墓村』は、戦後の横溝作品の中で、その特質である巧妙なトリックの面白さと、尼子の落ち武者の祟りを融合させた長編であり、高い評価を得ている。監督に野村芳太郎、脚本に橋本忍、撮影に川又昂、そして音楽に芥川也寸志を配し、『砂の器』のスタッフが結集され2年近くの準備期間を経て公開に至った。昭和50年6月にロケハンを開始して、物語のキーとなる全国の鍾乳洞と山間の村々を探し求め、パナビジョンによる川又昂のカメラワークによって迫力のある映像が誕生した。定評のある橋本忍の脚本は、原作の味を生かしながら、映画的に奔放自在の娯楽性を発揮。金田一耕助には松竹の看板スター渥美清を迎え、主人公の青年を萩原健一、彼と恋に落ちる女性を小川真由美が演じる他、主要なキャストだけでも120名以上、群衆のエキストラは延べ2000名を越えた。公開直前のテレボスポットで流れる「祟りじゃぁ〜」というコピーが爆発的に流行し、結果『犬神家の一族』を遥かに凌ぐ配給収入・約20億という大ヒットを記録する。
新聞の尋ね人欄を見た寺田辰弥(萩原健一)は、諏訪法律事務所を訪ねた。そこで辰弥は母方の祖父井上丑松(加藤嘉)に初めて会うが、丑松はその場で血を吐いて死んでしまう。死因は毒薬だったことを知った辰弥は森美也子(小川真由美)の案内で、生れ故郷八つ墓村に向かった。途中、辰弥は多治見家のの後継者であると聞かされる。母・鶴子(中野良子)は、幼い辰弥を連れて八つ墓村を逃げたのだった。辰弥の故郷・八つ墓村はその昔、毛利に敗れ、村に住みついた尼子義孝ら八名の落武者を懸賞金欲しさに欺し討ちにして皆殺しにしたという忌まわしい過去があった。辰弥、病弱な兄の久弥(山崎努)、姉の春代(山本陽子)、家の実権を握る双生児の伯母小竹・小梅(市原悦子・山口仁奈子)らに引き合わされた最中、久弥は突然吐血して死んでしまう。辰弥の父・要蔵(山崎努)は28年前、妻を斬殺し、村民32人を日本刀と猟銃で虐殺し今日まで行方不明のままだった。しかし、私立探偵、金田一耕助(渥美清)は、辰弥に、多治見要蔵の子ではないと言う。しかし、辰弥の出生の秘密を知っている小学校の工藤校長が毒殺され、村民は辰弥を渡せと、多治見家に押し寄せた。その間も殺人は続き、祈祷師の濃茶の尼、洞窟内で小梅が絞殺死体となって発見された。続いて、連続殺人の容疑者であった久野医師も洞窟内で毒殺される。金田一に促され洞窟内に身を隠していた辰弥の身を案じて洞窟に入った春代は真犯人に襲われ、辰弥の腕の中で息絶える。食物を運んできた美也子の薬指の怪我を見て、彼女が真犯人であることを知る辰弥を殺そうとする美也子。その時、洞窟に落盤が起こり、美也子は岩石の下敷になって絶命する。落盤の穴から、飛び立ったコウモリの群れが多治見家を襲い、小竹と共に炎上してしまうのだった。
昭和の始め、小さな村で実際に起きた大量殺人事件をベースに横溝正史が書き下ろした大作を巨匠野村芳太郎が映像化。周囲を山に囲まれた閉鎖的な世界を野村監督は、ロングショットを多用して原作に負けない壮大なスケールで描いている。当時は『八つ墓村』という強烈にオドロオドロしいタイトルと「祟りじゃあぁぁ」というインパクトのあるコピーに大ヒットを記録。そこには崇高な映像美よりもオカルト映画…いや、日本固有のお化け屋敷のような映画が存在していた。なるほど…そういう作り方があったか…などと感心しながら、「こんな金田一は邪道だ」という評論家の批判を尻目に、かなり盛り上がっていた。今まで血を吐いて死ぬ場面は色んな映画で観てきたが、カメラに向かって嘔吐してもがき絶命するのだからしばらくは食事も喉を通らなかった(決して大袈裟ではない)記憶がある。村に住み着いた8人の落武者たちを村人たちが斧や鎌で首を飛ばしたり腹を裂いたり…といった村の名前の由来から、昭和の始め村人を次々と殺しまくる多治見要蔵(白塗りの山崎務がすごく怖い)の仰天メイク等々。かなりショッキングな映像が連打される合間を縫って現代、繰り広げられる連続殺人事件。全編殺人シーンに埋め尽くされている本作…これは紛れもなくホラーだ。しかし、ホラーだからと言って子供だましの映像ではなく野村芳太郎監督は日本を縦断して本物の風景を映像の中に収めている。例えば戦国時代、尼子の落武者たちが峠から臨む村の風景から多治見達也が同じ峠から臨む現代の八つ墓村…それをロングショットで捉えているのが凄い。どうやって、現代の村を戦国時代の村に改造したのか?またラストで燃え上がる多治見家を同じ場所から撮影しているのだが立ち上がる炎は合成では無いことは一目瞭然(今の様なCGがある時代ではないのだ)。実際に高台に遠景用の屋敷を建てて本当に火を放ったというのだから、半端じゃない。『砂の器』で見せた日本の美しい風景をバックに前面で繰り広げられる人間の欲望劇。背景が無垢に美しい分、人間の醜さが際立ったのに対して、本作は風景そのものが不気味に鼓動する。数カ所の鍾乳洞でロケを行い、村の底をミミズのように這っているように見せる映像のマジックは、スタッフの根気と執念が成せる技だ。セット撮影では、到底生み出す事が出来ない奥深い映像が本作の最大の魅力だと思う。
当時、賛否両論だった渥美清が演じた麦わら帽姿の金田一耕助だが…。飄々とした演技が出来る渥美清だからこそ昭和40年というしらけた時代にピタリと当てはまっていたように思える。渥美清特有の人を諭すような口調で事件の解説をされると何故か納得してしまうから不思議だ。金田一はポアロみたいな激昂型の探偵ではないから頼りなさげな風体が丁度良い。まぁ、確かに内容が内容だけにシリアスなイメージが強い俳優を持ってこられると観客にとって逃げ場がなくなり、言わば渥美清の起用は箸休め的な役割が強い確信犯的なキャスティングだったのだろう。事実、彼が出てきた場面では明らかに場内の緊張は解けていた。他にも多治見家の人間たちを演じる俳優は皆、作品に強烈なインパクトを与える。特に双子の老婆(このシチュエーションだけでも十分不気味なのだが)を演じた市原悦子と山口仁奈子は微妙に似ているようで似ていないところなんか逆にリアルだ。また戦国時代に村人に竹槍でなぶり殺しにされ、挙げ句の果てにさらし首にまでなってしまう夏八木勲は敢闘賞ものだ。更に真犯人の小川真由美に至っては正体がばれた萩原健一演じる主人公を般若の形相となって暗い鍾乳洞を追いかけまわすのである。それとは対象的に長女を演じた山本陽子の美しいことと言ったら、血生臭い俗悪映画の唯一の良心だ。元々、原作でも金田一は事の成り行きを見守り、事件の背景を解説する脇役であり言わば主役は多治見家を中心とした村の人間たちという群像劇なのだからキャスティングを含むキャラクター設定に力を注いでいるのは当たり前の話しだが…。本来、角川映画第1作目『犬神家の一族』以前に松竹と企画が進行していながら、あまりの大作ゆえに撮影が進まず、公開されたのは『犬神家の一族』より2年後。それまでに石坂浩二やテレビ版古谷一行のイメージが定着していたため残念ながら渥美清の金田一はシリーズ化される事はなかった。
「あなたは32人殺しの多治見要蔵の子供じゃない…これははっきりとしています…はっきりとね」金田一が村を去ろうとする辰弥に向かって静かに優しく語りかける。
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