八つ墓村
ひとつ、ふたつ、いけにえ八つ。

1996年 カラー ビスタサイズ 127min 東宝映画
製作 村上光一、桃原田昇、堀内實三 監督、脚色 市川崑 助監督 手塚昌明 脚本 大藪郁子
原作 横溝正史 撮影 五十畑幸勇 音楽 谷川賢作 美術 櫻木晶 録音 斉藤禎一 
照明 下村一夫 編集 長田千鶴子 衣裳 川崎健二、斉藤育子
出演 豊川悦司、浅野ゆう子、高橋和也、宅麻伸、喜多嶋舞、岸部一徳、萬田久子、岸田今日子
加藤武、井川比佐志、石倉三郎、吉田日出子、白石加代子、うじきつよし、神山繁、石橋蓮司
西村雅彦、織本順吉、鈴木佳、大沢さやか、川口節子、姿晴香、永妻晃、小林昭二、石濱朗、今井雅之


 『病院坂の首縊りの家』以来20年ぶりとなる市川崑監督の『八つ墓村』は、岡山と鳥取の県境に位置する山村で起こった連続殺人事件に、名探偵・金田一耕助が挑む本格推理サスペンスである。横溝正史による原作は『犬神家の一族』『獄門島』と並び、230万部を超えるシリーズ屈指のベストセラー小説である。1977年に野村芳太郎監督による松竹版が公開され大ヒットとなったが、市川崑監督による映画化を多くのファンが熱望し続け、実現に至った。現代に舞台を移した松竹版に対し、本作は原作に忠実に時代を戦後に設定し、大規模な岡山ロケを敢行した。この長編小説を市川崑監督と『幸福』の大藪郁子が脚色。撮影を『忠臣蔵 四十七人の刺客』の五十畑幸勇が担当している。主演の金田一耕助には『男たちのかいた絵』の豊川悦司を抜擢(当初、前作の流れを継いで石坂浩二を市川崑監督は想定していたらしい)、新しい金田一像をつくりあげた。出演は他に1995年日本アカデミー賞最優秀主演女優賞に輝く『藏』の浅野ゆう子、“男闘呼組”から俳優として目覚ましい転身を遂げた『目を閉じて抱いて』の高橋和也が各々、抑制の効いた素晴らしい演技を披露してくれる。また双子の老婆を最新のCG合成にて一人二役で演じる岸田今日子が相変わらずの怪演を見せてくれる。


 昭和24年母を失い天涯孤独の寺田辰弥(高橋和也)は、諏訪法律事務所で母方の祖父・井川丑松と面会する。そこで初めて、自分が岡山と鳥取の県境にある八つ墓村の、400年も続いた資産家・田治見要蔵の遺児であることを知らされる。その直後、丑松は辰弥の目の前で何者かに毒殺されてしまう。田治見家の使いでやって来た未亡人・森美也子(浅野ゆう子)の案内で村を訪ねた辰弥は、田治見家の後継ぎになるように言われ当惑する。そんな彼に濃茶の尼という老婆は、辰弥がこの村に入ると八つ墓明神の祟りがあると予言する。八つ墓明神とは、永禄9年、毛利一族に追われてこの土地に逃れて来た尼子の落武者8人を恩賞金欲しさに惨殺した村人たちが祟りを恐れ建てた8つの墓のことだ。首謀者であった田治見庄左衛門が後に発狂して村人7人を惨殺、自らも首をはねて死ぬという歴史が残っているのだ。その頃、探偵・金田一耕助(豊川悦司)が諏訪弁護士の依頼で村を訪れた翌朝、辰弥の腹違いの兄・久弥(岸部一徳)が毒を盛られ死んでしまう。金田一が早速、事件解明に乗り出した頃、辰弥は村の鐘乳洞の中で要蔵(岸部一徳・二役)のミイラを発見する。大正末期、辰弥の母・鶴子を溺愛した要蔵は、鶴子が彼の元から逃げ出したため突然発狂し、村人32人を惨殺したのである。その後も次々と殺人事件が起こり、警察の捜査が難航する中、金田一は森美也子が、真犯人だと推理する。彼女は以前から想いを寄せていた要蔵の甥・慎太郎(宅麻伸)に財産を相続させようと、遺産の相続人をひとりずつ消していったのだった。


 石坂浩二版の金田一シリーズが終わって早27年。平成になってから金田一耕助を主人公にしたドラマは映画からテレビへと完全に移行してしまう。お手軽なテレビドラマは、すっかり金田一耕助を普通の探偵にしてしまい、時代考証をまるで無視した安っぽい映像を映し出す。それを嘆いたためかどうかは別として…市川崑監督がなんと『八つ墓村』で再び金田一を描く。そう、ホラー映画と化して大ヒットを記録したあの『八つ墓村』だ。本作は原作に忠実な正統派で、戦後間もない昭和の雰囲気を市川監督は丁寧に再現している。金田一が宿泊する郵便局を兼ねた旅館の造形など、細部にまで丹念なこだわりをみせている。ただ、かなりロケ地に苦労されたのか村の規模が小さく感じてしまったのは残念だ。松竹版に比べ、ショッキングなシーンは排除され(…っていうか松竹版がショッキングなシーンを付け加えたのだが)目に見えない人間の欲望と愛情が明確に浮き彫りにしている。本作のテーマは村に伝わる落武者殺しから発生する怨念を逆手に取り、20年前の村人惨殺事件を巧みに絡ませる犯人・森美弥子の巧妙な犯行と殺しの手法なのだ。市川監督は、その一点を最後まで、ぶらすことなく描いている。どうしても、松竹版と比較してしまうのだが、両方とも原作は同じでも全く違うスタンスの作品なのだから比較しようがない。松竹版と決定的に違うのは犯人の人格。松竹版の森美也子は財産は全て自分の欲望のためだったのに対して本作では愛する男のために多治見家の相続血縁者を殺すのだ。久しぶりの映画出演となった浅野ゆう子は無償の愛に生きる悲劇のヒロイン(=犯人)を熱演していた。
 そして、もうひとつ市川監督がこだわったのは映像。全編を明暗のコントラストが際立つダークな色調―いわゆる銀残しという手法―で表現しているのはデビッド・フィンチャー監督の『セブン』からヒントを得たという。燻し銀の色調は独特の雰囲気を醸し出しており、より村の閉塞感を増長させていた。市川監督は様々なアングルから画面を構成するのを得意としているが、本作でもそれを遺憾なく発揮。通夜のシーンでは多治見家の天井から階下を映すショットが画面にリズムを与えていた。市川版金田一シリーズでは所々に自然の風景がインサートされる。風に大きく揺らぐ山の木々が、まるでこれから起こる惨劇を予感させるかの様でもある。こうしたドラマにアクセントを入れるのが市川監督の上手いところで自然と人間を一体化させる事によって目に見えない大きな力が人間を翻弄している様を感じさせる。
 八つ墓村に金田一耕助がやってきたファーストカットは朝靄の中、田んぼの一本道をこちらに向かって歩いてくるシーンが印象的だ。バックに映し出される山々と朝靄に浮かぶ金田一のコントラストが幻想的で、八つ墓村でこれから起きる惨劇を象徴的に伝えている。抜けるような青空の那須の街を歩いてくる『犬神家の一族』の登場シーンと対照的な映像は、本作が『病院坂の首縊りの家』までのシリーズと似て非なる物である事を訴えたかったのかも知れない。久しぶりの市川監督版金田一シリーズの復活を示唆するこの登場シーン…逆光で金田一の顔が影になっていて、次第にそれが石坂浩二ではなく豊川悦司である事がわかるように作っているにように思えるのだが…。当初、本作の依頼が来た時に監督は金田一耕助を今まで通り石坂浩二で行くつもりだったという。それを東宝側が新しい金田一を要望して豊川悦司に白羽の矢が立ったわけだ。だから、この登場シーンは市川監督らしい粋な世代交代の儀式だったのかも知れない。しかし、残念な事に豊川悦司の金田一耕助は石坂浩二ほど観客に受け入れられる事がなく本作のみで終わってしまった。多分、観客は市川監督が再び手掛けた金田一映画に対して変わって欲しくない部分を持っていたのだと思う。「やっぱり、金田一は石坂浩二じゃなきゃ」という声も囁かれ…当初、市川監督も金田一役を石坂浩二にオファーする予定だったらしい。それに対して東宝側は新しい金田一像を求め、当時イケメン俳優として売れっ子だったトヨエツが金田一を演じる事になったわけだ。確かに今までと違う金田一像に新鮮味を覚えたものの、そういった金田一は他社の作品で見慣れた観客にとって東宝と市川監督が送り出す金田一は石坂浩二を自然と求めてしまったのは仕方ないことだ。勿論、それはトヨエツ金田一に限らず、例えばオープニング特有のテーマ曲に合わせて出てくる明朝体の文字で書かれたクレジットが無くなってしまったのも、そのひとつ。エンディングで使われている小室等が歌う主題歌もイマイチ金田一っぽくない…等々。ファン心理としては守って欲しい伝統みたいなものがあるのだ。その点、今回も加藤武演じる等々力警部が「よーし、わかった!」と声高に言うセリフが聞けたのは嬉しい采配。そのファン心理を理解した上で、次回『犬神家の一族』リメイクへと移るのだ。

「あの人の事、忘れられない…」全てが終わり、金田一と別れる日に辰弥が言うセリフ。本来『犬神家の一族』で猿蔵が言うセリフだが市川監督は、よほど気に入っているらしく本作で復活させている。


レーベル: ポニーキャニオン
販売元: ポニーキャニオン
メーカー品番: PCBC-50562 ディスク枚数:1枚(DVD1枚)
通常価格 3,192円 (税込)

昭和22年(1947)
三本指の男

昭和24年(1949)
獄門島

昭和26年(1951)
八つ墓村

昭和27年(1952)
女王蜂

昭和29年(1954)
悪魔が来たりて笛を吹く
犬神家の謎悪魔は踊る
幽霊男

昭和31年(1956)
三っ首塔

昭和36年(1961)
悪魔の手毬唄

昭和50年(1975)
本陣殺人事件

昭和51年(1976)
犬神家の一族

昭和52年(1977)
悪魔の手毬唄
獄門島
八つ墓村

昭和53年(1978)
女王蜂

昭和54年(1979)
悪魔が来たりて笛を吹く
金田一耕助の冒険
病院坂の首縊りの家

昭和56年(1981)
悪霊島

平成8年(1996)
八つ墓村

平成18年(2006)
犬神家の一族




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