緋牡丹博徒
居並ぶ兄さんお見知り置きを!ぱっくり割れた着物の下で牡丹の花が真っ赤に燃えた。二つ異名は緋牡丹お竜。仁義も切りやすドスも抜く
1967年 カラー シネマスコープ 98min 東映
企画 俊藤浩滋、日下部五朗、佐藤雅夫 監督 山下耕作 助監督 本田達男 脚本 鈴木則文
撮影 古谷伸 音楽 渡辺岳夫 美術 雨森義充 録音 溝口正義 照明 和多田弘 編集 宮本信太郎
スチール 藤本武 擬斗 谷明憲 記録 矢部はつ子
出演 藤純子、高倉健、若山富三郎、待田京介、大木実、山本麟一、若水ヤエ子、疋田圀男、金子信雄
土橋勇、清川虹子、山城新伍、鈴木金哉、遠山金次郎、江上正伍、三島ゆり子、岡田千代、林彰太郎
楠本健二、阿波地大輔、志賀勝、堀正夫、西田良、沼田曜一、前川良三、村居京之輔、島田秀雄
森源太郎、有島淳平、矢奈木邦二郎

昭和43年9月14日に封切られた『緋牡丹博徒』は8作ものシリーズが製作され、東映任侠映画は頂点に達した。それまで男の社会であった任侠映画に女性が主役の映画を作るというのは東映にとって大きな賭けであった。数々の任侠映画を手掛け、主演の藤純子の父親でもある俊藤浩滋プロデューサーに東映京都撮影所長の岡田茂が藤純子を主役に置いた作品の構想を持ちかけた事から全てが始まった。既に『昭和残侠伝』や「日本侠客伝』の相手役で人気を博していたため、岡田所長は絶対の自信を持っていたのだ。そして、任侠映画のチーフ助監督を務めていた鈴木則文が中心となり北陸の温泉宿に籠り作り上げたのが本作である。当初、岡田所長から“女狼”というタイトルだけを提示され3ヶ月という短い期間の中で練り上げなくてはならなかった。藤純子が今まで任侠映画で演じた女たちの無念を象徴して闘う女にしようと誕生したのが緋牡丹のお竜なのだ。お竜の名字も鈴木が以前から愛読していた“人妻椿”の主人公―矢野淑子から取り、矢野竜子と決定した。監督には数多くの時代劇から任侠映画の名作を撮り続けて来た名匠山下耕作を迎え、緋牡丹は山下監督の最高傑作として数えられた。迫力のある賭場のシーンでは本物のヤクザ屋さんに指導してもらい、更にはお客の役となって出演してもらったという。殺気あふれる臨場感がスクリーンから伝わって来たのも無理はない。22歳で任侠映画の主役を張った藤純子は、全国から拍手喝采で受け入れられ不動の人気を獲得する。

九州の矢野組の一人娘竜子(藤純子)は、結婚をひかえていた頃、父親は闇討ちに会い一命を落としてしまう。一家は解散し、父の死体のそばに落ちていた財布を手がかりに復讐の旅に出た竜子は“緋牡丹のお竜”という異名で渡世人となった。博奕にも優れた才覚を持つ竜子は全国の賭場を流れ歩いていた。それから5年の月日が過ぎたある日、竜子は岩国の賭場で胴師のイカサマを見破る。逆に胴師から因縁をつけられた竜子だが、渡世人片桐(高倉健)という男に助けられるのだが、その男の舎弟こそが彼女が探していた父殺しの犯人だった。一方、竜子の唯一の子分で父殺しの犯人を覚えているフグ新(山本麟一)が道後でいざこざを起し、岩津一家と熊虎一家の対決騒ぎにまで発展した。竜子は道後に向い事態を無事収拾させた。竜子の度量を見込んだ大阪堂万一家の女親分おたか(清川虹子)が仲裁に入り、竜子と熊虎(若山富三郎)は兄弟分の盃を交した。おたかの勧めで大阪に出た竜子は、片桐と再会する。片桐は賭場で竜子と対した加倉井(大木実)の兄貴分で、しかも竜子の父を殺した犯人が加倉井なのだ。そんな時、犯人の顔を知るフグ新は、真相を闇に葬ろうとする加倉井によって斬られ、竜子に真相を打ち明け死んでしまった。片桐は兄貴分として加倉井のやり方に怒りを感じ、竜子と供に千成一家に殴り込みをかけ、片桐は加倉井と刺し違え、竜子に抱かれながら静かに息を引き取っていった。

藤純子が東映という大きな会社の看板を背負って、当時テレビが出始めて劣勢になっていた映画界を支えていた姿は、まさに本作の主人公であるお竜さんを連想させる。お竜さんは決して強い女性ではないのだ。むしろ彼女が持っている一本気な性格が真っ直ぐに人生を歩かせているだけなのだ。“緋牡丹博徒”シリーズは5年間で8本も制作されており、それまで任侠映画に来ていた観客は高倉健や鶴田浩二といった硬派な男優たちに憧れを持って主人公に自分自身を投影していたのだが、藤純子の登場によって華を持ったカッコ良いヒロインを今度は応援する立場となった。そう、観客は劇中ゲスト出演している彼女のサポーター役になりきるのだ。それが新しい任侠映画の形となり得たのは藤純子の魅力に因っていた事は間違いない。
冒頭、彼女はまずカメラに向かって(つまり観客に向かって)初主演の挨拶とも言える仁義を切る。この時の彼女の凛々しさといったら文字をいくつ連ねても表現しきれない。それを彼女の引退作品“関東緋桜一家”のラストではやはり観客に向かって引退の挨拶をするのである。これは映画の見せ場を心得ているマキノ雅弘監督の粋な計らいであったが、まさしく本作の冒頭を意識しての演出だったのではないだろうか?腕は立つのに女性らしい優しさを持ち合わせ、本来ならば関係ない色恋の仲裁にまで立ってやる…お竜はそれまで殺伐としていた任侠の世界に明るさをもたらす存在であった。だから観客は安心して観ていられるのである。本作ではたったひとりの悪役以外は、皆一本筋の通った善人ばかりで、気持ちが良くなるエピソードに溢れている。若山富三郎演じる四国の親分の所に身を寄せていたお竜の子分が起こした喧嘩のために組同士の戦争となるところをお竜が単身、相手の所に乗り込み命を張って納めてしまうシーンは見事!思わず拍手を送りたくなる。金子信雄や清川虹子が、理屈の通った人物である事も心をくすぐられるのだ。彼女の目的である父殺しの犯人に復讐するという本来の物語はラストにとっておき、そこに至るまでの人情劇が本作の面白さである。東映のプログラムピクチャーを何本も手がけた鈴木則文による脚本が出色の出来となっている作品だ。
ゲスト出演の高倉健がお竜と弟分との狭間で苦悩するなど奥行きのある人間ドラマも素晴らしい。人を殺すというのはどういうことなのか?一生消えない血の匂いについて淡々と語る高倉健の台詞が印象に残る。藤純子の魅力を全開させるために脇に廻った俳優たちが皆、協力しているのが良く分かる…。当時、高倉健は主演シリーズを3本も抱えており、健さんブーム真っ只中で助っ人として参加しているのだ。他にも高倉健の舎弟でお竜の父親を殺した男を演じた大木実の役どころが実にイイ!悪事に手を染めていると知りつつも後戻り出来ない男が、ラスト高倉健の刃に倒れる際、「兄貴…」とつぶやくシーンは最高の出来だ。これは本人が山下監督に「ただの悪役として死ぬのではなく最後の最後に善人の心を取り戻して死にたい」と直訴したために実現したという。それだけに大木が演じて来た役の中でも最高の演技を披露したと言っても良い程の当たり役だった。
「お前さん、人を殺しなすった事があるかい?ねぇだろう…いくら洗っても洗っても、どうしても落ちない血の臭いが死ぬまでこびりつくんだ。」高倉健演じる片桐が、父の仇を取る事に執着する竜子にいみじみと語るのだ。
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